平成25年度 AI・HALL自主企画
reading evolution マリンバと物語の響演
『寿歌IV ―火の粉のごとく星に生まれよ―』



 アイホールでは、2013年10月26日(土)〜27日(日)、自主企画として、reading evolutionマリンバと物語の響演『寿歌IV―火の粉のごとく星に生まれよ―』を上演いたします。本作は2012年、『寿歌−全四曲−』(白水社)の出版を機に、新たに書き下ろされ、『寿歌』、『寿歌II』、『寿歌西へ』とともに集録されています。今回はリーディング形式で、打楽器奏者・新谷祥子さんによるマリンバ・パーカションの演奏とともに本邦初演として上演します。音楽性の強いリーディング公演の試みについて、アイホールディレクター・岩崎正裕が、作・演出をつとめる北村想さんにお話を伺いました。


■作品について
岩崎: 今回上演していただく『寿歌IV』は、2012年の『寿歌−全四曲−』刊行にあたって書き下ろされた『寿歌』シリーズ最新作ですが、どのような物語なのでしょうか。
北村: 『寿歌IV』は、おなじみの旅芸人ゲサクとキョウコに加え、新たにソウジュンという曹洞宗の修行僧が登場するお話です。『寿歌』シリーズはもともと、物語があってないような、いわゆるロードムービーと同じようなものでして、登場人物が現れて会話をして終わっていきます。かといって、脱文学的とかポストドラマ的とかいうものを期待されても、それとも少し違うと思っています。
 私は、アイホールで「伊丹想流私塾」という戯曲塾を持っているのですが、その塾生に、戯曲を書くにあたり、先にストーリーやテーマを考えることは、「やってはいけないこと」だと伝えています。それをすると書けなくなるからです。ですから、私もストーリーやテーマは考えません。考えるのは、シチュエーションと登場人物のキャラクターだけです。そうすると、登場人物たちが戯曲のなかで勝手に話を進めてくれるので、私はその話を書き留めていくだけでいいんです。これが、長年の私のスタイルです。ですので、作品のストーリーは、登場人物が出てきて会話するだけなのです(笑)。

岩崎: ソウジュンを修行僧というキャラクターにしたのはどうしてですか?
北村: 雲水であるソウジュンの名前は、臨済宗の一休宗純からとりました。私は、仏教の中でも禅宗の考え方は面白いと思いますし、特に一休禅師は型破りで好きだからです。最初の『寿歌』はキリスト教の観念を取り込んでいるのですが、今作はその正反対の宗教である仏教の思想を持ち込みました。旅をしつつ、悟りを開くために、いろいろと思い悩んでいる修行僧を入れることで、お気楽なゲサクとキョウコと対比させています。

■リーディングを進化させる試み
岩崎: 1979年に書かれた『寿歌』は、戦後の現代日本の演劇史に燦然と輝く作品で、評論家で戦後戯曲のトップにも挙げられる方も多い作品ですよね。1988年のアイホール柿落とし公演でも上演していただきました。コアなファンもいらっしゃいますので、今回のキャスティングにはずいぶん頭を捻りました。
 何度も協議した結果、“異種格闘技戦”というわけではありませんが、違うジャンルの方が演じることで、リーディングの特色が出せるのではないかと、上方落語の噺家である桂九雀さんに、ゲサク役をお願いいたしました。キョウコ役には、想さんが関西の女優の中でも特に信頼を寄せる船戸香里さん、また本作初登場のキャラクターであるソウジュン役には、俳優のみならず劇作家、演出家の三役をこなす、ニットキャップシアター・ごまのはえさんに、それぞれご出演いただきます。さらに今回は、打楽器奏者の新谷祥子さんに、作曲およびマリンバとパーカッションの演奏を担当していただくことになりました。

北村: 新谷祥子さんとは、これまでに二度ほど、リーディングとマリンバ&パーカッションをコラボレートするイベントを行っています。以来、彼女のマリンバが、とても好きなのです。
 個人的な印象ですが、演劇に楽器を生演奏として取り込む場合、マリンバの音色は特に親和性が高いと感じます。木片を叩くと、その振動が下の筒に伝わって音が響くという構造のマリンバは、恐らく楽器の中でもかなり起源が古いと思うんです。つまりは、かつて穴居していた人類が、洞窟の中を風が通り抜けるときに木や石を叩くと、音が響くことを発見したところから、楽器というものが発想され、マリンバに発展したのではないでしょうか。私は、マリンバのもつ原始的な音色が、遺伝子のなかで我々の記憶として組み込まれていて、人の語る声音とマッチするのではないか、と考えています。

岩崎: 今回、リーディングと音楽をコラボレーションさせるということで、「reading evolution」と銘打ち上演します。これは想さんから発案をいただいたことが大きかったのですが。
北村: リーディングは色々なところで行われていますけれども、そこに音楽性を持ち込んだのは、演劇ファン以外の、つまり音楽ファンの方々にも鑑賞してもらいたいという思いがあったからです。また、音楽性をより押し出すことで、リーディングという形態に、発展の道筋を実験的につけてみたいと考えたからです。ですから、あえて朗読劇という呼び方にはせずに、「reading evolution」としました。こういう音楽と語りのセッションがある舞台も可能なんだという試みでもあります。

■“音を観る”舞台を目指して
岩崎: 今回、1日1ステージのみの公演ですが、1日2ステージが通常の演劇人から見ると、非常に贅沢なように感じますね。
北村: 音楽の世界では、本番前にリハーサルをすることは少なく、ほぼ本番一発勝負なんだそうです。能も、演者がそれぞれ個別に稽古してきて、本番の時だけ全員揃って「エイヤッ」と合わせる、と聞きました。
 今回の公演は、それらと同じような感覚で、稽古はほとんど行いません。7月に一度、俳優3人で読み合わせをしましたが、新谷さんと一緒の稽古は、音量などの技術的確認のために、本番の週に数回する程度です。俳優にも、読み合わせのときでさえ、「ゲサクはこんな風だ、ソウジュンはこんな人物だ」というような説明は一切しませんでした。まさに「ゲサクとキョウコが初めてソウジュンと出会う」感触で演じてもらうわけです。当日もリハーサルなしに本番を迎えるので、1日1度きりの、非常にセッション性の高い、真剣勝負の舞台になります。九雀さんは噺家として語りのプロですし、船戸さんもごまさんも信頼のおける俳優ですから、心配はしていません。

岩崎: 最近は、立派な舞台装置を使ったり、俳優が活発に動くリーディングもありますが、今回はどのような演出をお考えですか。例えば、『寿歌』といえばリヤカーが登場するイメージが強いのですが、何か道具を使われるのですか?
北村: 道具は何も使いません。3人は座ったままで、基本的にはアクションはありません。恐らくマリンバ&パーカッションを演奏する新谷さんが一番動くことになるでしょうね。今回の演出は、とにかく「音」を重視したものになります。演劇というよりは、一種の音楽を作る感覚です。マリンバも語りも「聴く」ものですから、ふたつの音のハーモニーを楽しんでいただけるような、音を魅せる演出をねらっています。ちなみに、仏教の菩薩の一尊である「観音様(観世音菩薩)」は、「音」を「観る」方です。今回は、観音様のように、「音を観る」舞台をつくることができればと考えています。

■30年以上続く『寿歌』とは
岩崎: 『寿歌』シリーズは、核戦争後の誰もいなくなった荒野が舞台になっています。3部作のあと、『IV』にいたるまでの20余年の間に、大きな震災などもあったわけですが、今作の内容と関連性はあるのでしょうか。僕は、最初に『寿歌』を読んだときには、この作品の舞台は「近未来」であり、「いつか到来する世界」という印象だったのですが、今年に入って『IV』を読んで、いつの間にか我々は『寿歌』の世界を生きているんじゃないかという、荒漠とした寂寥感を感じました。ゲサクとキョウコに繋がってしまった、という・・・。
北村: 『IV』の執筆にあたって、震災のことは特に意識していません。ただ、戯曲は、震災なり世界の情勢なりが、私の中を通過していった上でアウトプットされたものなので、私自身どこかで操作している部分はあるのでしょう。ちなみに、『II』は作り話を意識し、『西へ』はワープロで書くことを意識して書きましたが、『IV』は最初の『寿歌』と同じで、これを書こうという前提もなく、何を書いたか自分でもわからぬまま完成したという感じです。
 30年近く前に『寿歌』を発表した時には、かなりの批判を受けました。「こんなものは演劇じゃない」とか(笑)。高校演劇部の生徒が上演しようとして顧問に禁止されたという話も聞きました。

岩崎: 『寿歌』は、僕が初めて手に取った北村想作品で、当時まさに高校生でした。そして、この戯曲との出会いが、高校生だった僕の演劇に対する価値観や小劇場演劇との距離感を変えました。演劇とは、こんなに自由なものなんだ、と。当時は、うるさい顧問が社会的なテーマをこねくりまわしている作品を演劇部で上演していることが多く、その強制から解放された思いでした。実際、『寿歌』は、高校演劇でもよく上演されていますね。
北村: ええ。あれから高校演劇もずいぶん面白くなりましたよね(笑)。『寿歌IV』も、高校演劇でも上演できるよう、ストレートプレイで上演したら60分くらいを見込んで書いています。ただ、今回は、新谷さんのソロ演奏も何曲か入りますので、上演時間はもう少し長くなります。『寿歌IV』の物語だけでなく、音楽も充分に楽しんでいただけるように工夫していますので、ご期待ください。

(2013年9月 大阪市内にて)

【AI・HALL自主企画】
reading evolution マリンバと物語の響演
『寿歌IV ―火の粉のごとく星に生まれよ―』
作・演出:北村想
出演:桂九雀、船戸香里、ごまのはえ(ニットキャップシアター)

2013年10月26日(土)19:00
10月27日(日)14:00

公演の詳細は、こちらをご覧下さい。 → こちら