【AI・HALL共催公演】




 作・演出の岩井秀人さんが『ある女』で第57回岸田國士戯曲賞を受賞し、 ますます注目を集めるハイバイが、2013年6月5日(水)〜6日(木)、アイホールにて『て』を上演いたします。 この作品は2008年に東京で初演された後、翌2009年と2011年(※)に再演され、今回、劇団結成10周年を記念して、劇団として3度目の上演が決定しました。 アイホールには、昨年の『ポンポン お前の自意識に小刻みに振りたくなるんだ ポンポン』に続き、2回目の登場です。
 今回、初演以来 再び「母」役として出演もされる岩井さんに、作品や劇団の今後についてお話しいただきました。

※ 青山円劇カウンシル(青山円形劇場+ネルケプランニング共同プロデュース企画)#4として、『その族の名は「家族」』というタイトルで再演。




■作品について
 今回公演する『て』は、僕自身の家族の話がモデルになっています。
 僕の父は、酒に酔うと、自分の苦労話を切々と語りながら子どもたちを殴ってしまう、困った人なんです(笑)。 それを嫌がって、兄弟みんな実家を離れて暮らしていたんですけど、祖母が痴呆症になったのをきっかけに、姉がバラバラになった家族を再結成しようとしたんです。 「あの頃からずいぶん経って、父も年を取ったし、昔ほどひどくないだろう。もう一度チャンスをあげよう」というはずだったのに、皆の思惑がそれぞれに食い違って、前よりもっとバラバラになってしまったんです。 そのいきさつを、ほとんどそのまま作品にしました。
台本を書くにあたって母にインタビューしたところ、家族に対する僕と母の捉え方が全く違うことに気づいたんです。 そこで、「家族が久しぶりに全員集合し、団欒を持とうとするも大ゲンカになり、結局わかりあえない」という一連の物語を、「僕」の視点で描いたあとに、同じ流れを「母」の視点で見せる、という構成にしました。
正直に言うと、他に書くことがなくてこの作品を書いたんですけど、ただ、この話を笑えるようになった自分の家族に、ある種の強さを感じていて、それを皆と共有できればいいなと思ったんです。 不安のうちに初演を迎えましたが、幸い好評を得、フィクションではなく自分の身辺をテーマにすることに確信を持てるようになりました。 身内の実情を芝居にしていますから、初演を観た家族にも言われましたが、はじめは自分でも、この作品が面白いのかどうか分からなかったんです。 3度の上演を経て、ようやく客観的に、お客さんと同じ感覚で作品を見ることができるようになったと思います。 10周年の節目に、そうした思い入れのある作品を多くの人に見ていただきたいと思い、再演を決めました。


■2013年バージョンの『て』
 どの作品でもそうですが、稽古の前に台本を書き直すことはあまりしません。 俳優に、一字一句、台本のとおりに演じて欲しいとも思っていないので、役者の中から出てきた言葉をもとに、稽古中や本番が始まってからも、細かく手を加えます。 特に今回は、新たにオーディションメンバーが加わり、兄弟の役の年齢が、ぐっと若返りました。その俳優たちにあわせて、台詞も変わっていきます。 登場人物の関係性や結末などの大きな構造は変えませんが、こうした目に見えないレベルの変更を重ねて、2013年バージョンを作っていきます。
 僕の思う面白い演劇というのは、ドラマの奥に喜びや苦しみといった人間の営みがあり、観客が芝居を見ているうちに自分の人生について考えられる芝居なんですが、『て』はまさにそうした作品です。 去年、アイホールで公演した『ポンポン・・・』に比べると少しシリアスですが、「ハイバイを観るのは初めて!」という方にも、ぜひ観ていただきたいです。


■再演を好む理由
 僕は、新作を書き続けるより、ひとつ面白い作品ができたら、それをより多くの人に観てもらうことの方が大事だと思っているんです。実際に観てもらって、好きかどうか判断してもらいたい。 その結果、「好みに合わない」と思われたら残念ですが、一度も観てもらえないよりはずっと良いです。
 いろいろな場所で再演することも重要です。東京ではお客さんがヒューッと引いてしまったシーンが、福岡では大ウケしたり、韓国で引きこもりの話を上演したら、 向こうには「引きこもり」という概念がまだ無かったりと、違う文化の中で自分の作品を様々な角度から見ることができるからです。
 それに僕は、初演なんて良くも悪くも「事故」だと思っているんです。台本を書きあげてから作品を客観的に見られるようになるまでには、かなりの時間が必要です。 初演を観てもらって、お客さんの想像力で完成してようやく、どういう作品なのかが分かってくる。じゃあ、次はどう演じるかというところからが、僕にとっては本番なんです。 台本が安定してからの方がより役を深められるので、再演は俳優にとっても良いことだと思います。


■「母」を男性が演じる理由
 この作品は同じ物語を「僕」と「母」双方の立場から見せる形式をとっています。ただ、僕はもう「僕」の立場は実際に経験したので、初演では「母」役として、母の立場を追体験することにしたんです。 舞台は好評だったものの、この演出について、自分では確信が持てませんでした。 2009年の再演で菅原永二くんがやった「母」の演技を見て、ようやく客観的に役を捉えることができ、今回は満を持して、再び僕が演じることになりました。
 そもそも俳優は、舞台上でヒドイ目に遭いたがっているものなんです。過酷な状況を「オイシイ」と感じてしまうんですね。 それを前提とした上で、俳優でもある僕は、女役で日常ベースのヒドイ目に遭ってみたい願望があるんです(笑)。いい年した男が女を演じる時点で無理があるので、これはかなり過酷ですよ。 僕のこの理論に則って、その後も「母」役は男性に演じてもらっています。
 それに、役と俳優に距離がある方が、演劇的だと思うんです。男優が女を演じているのに、本当に女っぽく見えたら、ちょっともったいない。 「おい、女に見えないぞ」って言われるくらいの方が、有意義な気がするんです。その役が本当に存在するかよりも、役の人物を感じられるかどうかが大切ですから。 例えばイタリアのコメディア・デラルテみたいに、舞台上に枠線が引いてあって枠に入って仮面を被る時にその役になるというような、役になるまでの過程が見える芝居も面白いと思いますし。 女装にはそれに近いものがあると思います。
 ただ僕の母は、オジサンに自分の役を演じられるのをすごく嫌がっていますけどね(笑)。


■ハイバイの今後
 これまでは、お客さんに何とか笑ってもらおうとしていたんですけれど、ここ2年ほどで、笑っているうちに通り過ぎてしまうものがあることに気付きはじめました。 演劇的に新しい試みや奇抜な演出にも、あまり意味を見出せません。一方で、お客さんが芝居を観ながら、自分の人生や生活に関して舞台上の人物とともに悩む、ということには、非常に価値を感じています。
 作品に対する反響や評価をみると、ヒトはヒトのことを見たい、知りたいものなんだと、つくづく思います。人間が人間に興味をもつ構造は、何千年も前から変わっていないんですよね。 ですから、今後、ハイバイの芝居はますますシンプルになっていくと思います。シンプルだけれど、その先にものすごく豊かなもの、観ている自分自身が見えてくるような芝居がしたいですね。




(2013年04月03日 大阪市内にて)

【AI・HALL共催公演】
ハイバイ
『て』

6/5(水) 19:00
6/6(木) 14:00 / 19:00
一般3,000円 学生2,500円