現代演劇レトロスペクティブ
作品解説
安部公房の小説『闖入者』を元に、青年座公演『黒い喜劇 友達 -闖入者より-』は 1967年に紀伊國屋ホールで初演された。

ある商社に勤める男が婚約者と電話で愛をささやいている。その時、彼の部屋に8人の見知らぬ家族が突然訪れた。慌てふためき怒る男を尻目に、この家族は善意を押し売りして住みつき、やがて奇妙な共同生活が始まってしまう。余りに堂々たる態度の家族に、警察もアパートの管理人も週刊誌の記者も彼らを信じてしまい、男は月給も退職金も恋人も取り上げられてしまった。「隣人愛」を唱え、孤独な人を助けるという善意の使命感を疑わない家族に、男は追い詰められていく・・・。
あらすじだけを書きつらねるとなんとも恐ろしい話だが、実際の上演は、いたるところに喜劇の要素がちりばめられており、観客は恐怖を感じつつも、その滑稽さに笑い転げていたという。

当時の世界情勢はアメリカの介入によってベトナム戦争が泥沼化。国内では旧来の価値観や共同体に対する在り方が揺らいでおり、演劇界でも1967年前後は、早稲田小劇場の設立、状況劇場の紅テントが花園神社に初登場、寺山修司率いる演劇実験室「天井桟敷」の結成、別役実の岸田國士戯曲賞受賞など、「小劇場運動」という新たな潮流が生まれ始めた時代であった。
そんな世情の中、「正義」「善意」の名のもとに個の存在を黙殺してまで使命を全うしようとする集団性の不条理を鋭くえぐった『友達』は、各方面から絶賛される作品となった。日本の不条理劇の先駆的作品と言っても過言ではない。
 
作品余話
創作劇運動の旗手として1954年に俳優座から独立して設立された劇団青年座は、現代日本文学界の最前線にいる作家たちに、「その問題意識や方法を十全に表現した戯曲を書かせ上演すること」を理念に、椎名麟三や三島由紀夫など新進気鋭の作家たちによる新作を上演していた。とりわけ、当時の青年座にとって、安部公房の書き下ろし戯曲を上演することは、劇団創立以来の悲願であった。

既に小説家としての地位を確立していた安部公房は、『幽霊はここにいる』(1958年俳優座初演)で現在の「岸田國士戯曲賞」(主催:白水社)の前身となる「岸田演劇賞」(主催:新潮社)を受賞。劇作家、シナリオ作家としての活動も精力的に行っていた。

青年座旗揚げ時から安部公房には何度も執筆依頼したが実現せず、劇団創立から13年を経て、やっと実現した書き下ろし公演がこの『友達』だった。上演前に雑誌「文藝」に同戯曲が掲載されたこともあり、演劇関係のみならず文芸ファンや各界からも大きな反響を呼び、「安部公房氏の傑作である」と絶賛した三島由紀夫の強い薦めもあり、長編小説のみが対象とされていた谷崎潤一郎賞を、戯曲として初めて受賞するという異例の快挙を成し遂げた。好評を博した同作は翌年1968年に再演を果たし、その後、37年の時を経て2004年に青年座創立50周年記念公演でも三演された。
ちなみに、自身の劇団として旗揚げした「安部公房スタジオ」でも、1974年に自らの演出によって「改訂版」が上演されている(今回の現代演劇レトロスペクティヴでは、この「改訂版」のテキストを使用)。
また、1998年には日本とスウェーデンの合作で映画化もされ、国境やメディア、時代を越えて幾度となく上演され続ける安部公房の代表作といえよう。

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初演の公演写真(1967年:於・紀伊國屋ホール)
左より溝井哲夫 大塚國夫、中曽根公子、平田守(現・歌澤寅右衛門)、青柳知子、森塚敏、東恵美子
初演時のチラシ
二つ折りの表面には広告と作品世界を想起させるイラストがあり、裏面に安部公房の写真とあらすじ、キャスト・スタッフ。
入場料の安さや開演時間の早さに時代を感じる。
初演のパンフレット
こちらは初演時のパンフレット。安部公房のコメント、写真、直筆のタイトルとサイン(?)。
このほかに劇中歌『友達のブルース』の歌詞カードと譜面、その裏に劇中の登場人物「管理人」から他のアパートの住民(観客?)宛に書かれた体の手紙が挟まれている。内容は「あの住みついた家族はあやしくない。長年の管理人経験の勘でわかる。だから、くだらない噂を流したりして私のアパートの評判を落とさないで」といったもの。その手紙の下に紀伊國屋画廊賃料案内が記載されている。細かいところまで効いたブラックユーモアに思わずニヤリとしてしまう。
豪華作家陣の寄稿
石川淳、埴谷雄高など当時の日本文学界を代表する作家陣の寄稿。
三島由紀夫が手放しで絶賛したコメントは、このパンフレットに収録されている。

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再演時の公演写真(1968年:於・国立劇場小劇場)
左より森塚敏、今井和子、青樹知子、大塚國夫、溝井哲夫
再演時のパンフレット
1年2カ月を経て1968年5月に国立劇場で再演された際のパンフレット。
大江健三郎からの寄稿
大江健三郎に「安部公房戯曲の上演があると駆けつけずにはいられない」と書かしめ、その論理性に長けた世界観を激賞されている。晩年、ノーベル文学賞に最も近いと目された安部公房の才能を認めていることが大江氏の文章からにじみ出ている。
演技論を交わす安部公房
初演と再演の演出を担った成瀬昌彦氏と安部公房の対談が掲載。終盤は主に演技論に終始している。当時から演劇への造詣が深かったようだ。
青年座通信
No.41が初演の告知をしたもの。裏面に文芸演出部の奥野健男氏が劇団創立以来の悲願であった安部公房書き下ろし戯曲について熱く語っている。
No.42は初演の反響をまとめたもので、No.46、No.48は再演の告知が中心。安部公房自身のコメントも寄せられている。

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2004年三演時公演写真(2004年:於・『劇』小劇場)
左より 森脇由紀、蟹江一平、横堀悦夫、桐本琢也、嶋崎伸夫、東恵美子
劇団青年座創立50周年記念公演 第3弾チラシ
2004年、劇団青年座創立50周年記念公演の共通チラシ。下北沢の5劇場で5本同時に公演が行われるという壮大な横断企画。この中の一作として『友達』がラインナップされた。ちなみに今年は劇団創立60周年にあたり、今回も様々な企画が催されている。
劇団青年座創立50周年記念公演 第3弾パンフレット
演出の越光照文と演劇評論家の岩波剛氏のコメントを収録。37年の時を経てなお、色褪せない作品のテーマに両者とも感嘆している。