アイホールダンスコレクションに、寺田みさこ振付による新作ダンス公演が登場します。
 近年、寺田みさこは、数々の振付家のメインダンサーを務めてきましたが、自らの本格的な振付作品は、2007年のソロダンス『愛音』以来、久々の発表となります。
 本番に向けて、リハーサルも佳境に入ってきた稽古場で、寺田さんにお話を伺いました。


■5人のダンサーが奏でる“アリア”
 「ひとり暮らしの女性の、部屋のなかでの行為・身振りを拾いあげていきたい」というのが、最初の構想としてありました。今回のダンサーは、私も含めて女性5人です。当初は、もっと出演者の数を増やして、多くのリサーチをもとに作品をつくってみようかとも思っていたのですが、ダンサーとしての技量を持った今回の5人でじっくりやってみようと決めました。

 5人が舞台上で混じり合うことなく、一人一部屋、それぞれの部屋に入っています。<部屋>といっても具象的なものでなく、もしかしたらショーケースのように見えるかもしれませんし、独房のようにも見えるかもしれません。その中で5人のダンサーがそれぞれの踊りを繰り広げます。観客の皆さんには、自分自身のタイミングで、いつ誰にフォーカスを当てるかを選びとりながら見ていただければと思っています。
 タイトルの「アリア」というのは、オペラなどの「独唱」という意味があるほか、旋律的、叙情的なメロディを指す言葉でもあります。オペラの「アリア」では<叙情性>というものを、全面に押し出して聴かせていきます。音楽は、あるひとつの感情に観客を導いていく強い力があると思いますが、私は<叙情性>というものをもう少し些細なところに見出したい。観客自身が何かを探しながら、ダンサーひとり一人を見つめ、個人の叙情性を別々に見つけていく時間にしたいと思っています。

■ダンサーとの共同作業
 アイホールで行った2年間のワークショップ(※注)で、いろんな面白さを持った人たちに出会いました。参加者は女性が多く、様々な<女性の姿>を見られたことが、作品につながっています。

※注/ダンスラボラトリー≪出発点≫:平成23年11月〜平成24年3月、アイホール・ダンスワークショップ「ソロダンスをつくる」:平成24年11月〜平成25年2月

 今回は、このワークショップで出会った人を含め、とにかく「ダンサーとしての技術」を持っている人とやろうと思いました。ここでいう技術というのは、自分自身の動きを、客観的な距離を持って構築できる力のことを指しています。私自身の振付方法を考えた時に、感覚や雰囲気だけでなく、やはり<形>に出来ることが重要だと考えたからです。今回のダンサーたちは皆、何かしら西洋的なダンスメソッドに触れたことはあると思うけれど、結果、みんないろいろで面白いです。例えばクラシックバレエのように、完全に同じ技術を持っていて、全く同じ言語を話す人たちばかりだったら、あまり面白くなかっただろうなと思います。もちろん作品によっては、技術が揃っていることが大事な場合もあるかもしれないけれど、今回はそういうことじゃない。「振付」といっても、私がすべての事細かな動きをつけることはしていないです。振付で自分の分身をつくるような作業にはあまり関心がないので、<振り>そのものは、かなりの割合で各ダンサーにつくってもらっています。同じ言葉をしゃべって意味も通じるけど、方言があるというような、それぞれに違った技術、引き出しがある状況が面白い。
 ダンサーには、動きをつくるためのアイディアを私の方で投げかけて、それを考える時間をつくっています。例えば「等身大の鏡の前に立っているところからスタートする」という設定でつくってもらうというのがありました。本当にみんな違うアプローチで、面白い<振り>が出てきました。それぞれがつくったものを見せてもらって、私が整理したり、味付けをしたり、交換してみたり…。同じ<振り>でも、別の人が踊れば、また違った面白さがあります。動きをなぞるのではなく、自分のものにする方法をそれぞれが持っているんだと、一緒に作業をしていて思います。

■ひとり暮らしの部屋
 ダンスにおいても生活においても、何を孤独というのか、何をもって混じっているというのか。今回の作品では、ダンサー同士が接触する、目と目が合う、といった接点は持たず、「独りで居る」ということをやってみようと初めから決めていました。でも、一緒にいるという気持ちや、共有している感覚というのは、いろんなレベルがあるんじゃないかと思います。例えばマンションで、隣の部屋のテレビの音が聞こえてきて、同じ番組を見ているのがわかるとか、同じ行動をしているのを感じたりだとか。スタッフのひとりが、隣人がいつもと変わらずご飯を作っている音を聞くと安心すると話していました。妄想ですけど、隣や斜め上に住んでいる部屋の人と同じ服を買っちゃったり、もしかしたら、ふたつ隣の三つ下の部屋に住んでいる人と同じ夢をみている可能性は無くは無い、とか。<ひとり暮らし>といってもいろんなイメージがあると思います。若者にとっては憧れのイメージがあるかもしれないし、ネガティブな方向だと孤独死とか。でも、孤独死といっても、本人にとってどれだけ悲惨な状況だったのか、実は誰も分からないんですよね。もしかしたらそれなりに楽しく暮らしていたのかもしれないし。ただ、今回はとにかくひとりでいるときの女性の、振る舞いをじっと顕微鏡で見つめ、そこからこぼれ落ちてくる<何か>を見つけるような時間を作りたいと思っています。
 私はすごく、些細なものが好きなんです。常にいろんなものを、顕微鏡で見るように無意識的に観察しています。でも、私がじっと見て、キュンとしたり、なんかいいなと思うようなことは、なかなか他の人と共有できないのかもしれないとも思います。だから舞台と客席の間に、顕微鏡をセッティングすることが、常に私の課題であるとも言えますね。

■インスピレーションをもらったもの
 作品づくりのきっかけとなったのは、川上未映子さんの小説『すべて真夜中の恋人たち』(2011年、講談社)です。校閲の仕事をしている、部屋に引きこもり気味の女性が主人公の話です。彼女は、年配の男性に片思いをしながらアルコール中毒になっていくんです。一般的に見ると全くハッピーエンドではなくて、恋も実らないんですけど、私には、希望をもてるような話に思えたんです。チラシにも書いたんですが、その小説の主人公が部屋にいるときには、「名付けることのできない」「目的も、対象もない」動作にあふれているんです。「名付けることのできない動作」は、普段は見逃しているけど、目を凝らしてみると、世の中に満ち溢れているのではないか。そういうものの中に、「アリア」というタイトルに含まれる<叙情性>に繋がるような人生観や、生きてきた過程が現れて、滲み出ているのではと思っています。それをどうにか、舞台でクローズアップできないものかと考えています。
 ほかにも、ダンサーの関典子さんから紹介された小説で、諏訪哲史さんの小説『アサッテの人』(2007年、講談社)を読みました。それぞれの登場人物がひとりで部屋にいるときに行っていることの描写からイメージを膨らませています。あと、先ほど話した「等身大の鏡の前に立っているところからスタートする」という振付のアイディアは、私が実際に見た光景からです。東京・渋谷の銭湯の浴場で、20〜30分ほど鏡の前に座ってじっとしている人がいたんです。もちろん、裸で。目に映っているのは、鏡のなかの裸の自分の上半身だと思うんですけど、何を見ているのか分からないんです。朝、化粧をするときに、自分の顔を<見る>という行為とは、明らかに違う状態でした。一種、「都会の闇」みたいなものを見てしまったようで、この人は一体、何を見て、考えているんだろうと妄想が広がりました。

■実験映像作家・伊藤高志とのコラボレーション
 伊藤さんとは、大学の同僚であり、大学の研究センターの企画の中で、ダンサーと映像作家として共に関わったことはありましたし、伊藤さんの映画にも出演しました。いつか自分の作品をつくるときには、一緒にやりたいと思っていましたが、共同作業を行うのも作品に映像を使うのも今回が初めてです。
 今回の作品では、ダンサーを様々なシチュエーションで撮影したものや、風景の映像を使用します。映像だけをじっくりと見てもらう時間もあれば、ダンサーと一緒に見てもらう時間もあります。私よりももっと「女性」について脳内妄想を広げているような映像です(笑)。当初の段階に話したことから発想を広げてくれたり、映像演出プランを聞いて、こちらの発想が広がったりしました。
 伊藤さんとは、好みのポイントが似ているんです。身体の動きが虫みたいに見えるような、身体が人間からはみだしていくような動きに、「気持ち悪いけど面白い感じ」「変なもの好き」といった面白さや美しさを感じるのです。

■目を凝らす、耳を澄ます
 観客の多くは、「分かった」って思えるようなものであったり、腑に落ちるようなものを期待しているのかもしれないけど、「分かりました」とバンと判子を押すような感じじゃなく、何か胸の奥から引っ張りだされるような、感覚的なところを共有できたらと思います。「前のめりで、みること、自分で見つけること」。舞台鑑賞の楽しみはそこにあると私は思います。目を凝らして、耳を澄まして、そうしないと見えてこないものを感じてほしいです。女性の小さな身振り、その動きのなかに、大きなカタルシスではなく、小さく些細な何かを見つけてもらいたい。

(2013年8月 アイホールにて)



寺田みさこ/振付・出演
振付家・ダンサー。
1987年より石井アカデミー・ド・バレエに所属。1991年より砂連尾理とユニットを結成。2002年7月TOYOTA CHOREOGRAPHY AWARD 2002にて、「次代を担う振付家賞」「オーディエンス賞」をダブル受賞。2006年以降ソロ活動も開始し、山田せつ子、山下残、白井剛振付作品などに出演。2007年、初のソロダンス公演『愛音』をシアタートラム・びわ湖ホールにて上演。京都造形芸術大学芸術学部舞台芸術学科准教授。

【AI・HALL自主企画】
アイホールダンスコレクションvol.71
寺田みさこ振付作品
『アリア』

振付:寺田みさこ
映像:伊藤高志
出演:関典子、福岡まな実、松尾恵美、大谷悠、寺田みさこ

2013年9月7日(土)19:00
9月8日(日)13:00
17:00

公演の詳細は、こちらをご覧下さい。 → こちら