アイホールでは3月21日(土)〜22日(日)に自主企画としてCo.山田うん『七つの大罪』/『春の祭典』を上演いたします。ベルトルト・ブレヒト作詞原作の歌つきバレエ作品を元に創作される新作デュオ『七つの大罪』は本邦初演。迫力の群舞で大好評を博した人気レパートリー『春の祭典』は伊丹版として再構築します。
 本作の魅力ついて、主宰の山田うんさんにお話を伺いました。


■Co.山田うんについて
山田うん 私は2002年に東京でダンスカンパニーCo.山田うん(こ・やまだうん)を設立し、東京、関西、九州、東北、北海道、それからアジア、ヨーロッパと13年間にいろんなところで公演を行ってきました。男性7名、女性7名の計14名で、非常に人数が多いというのが特徴のコンテンポラリーダンスカンパニーです。クラッシックバレエを習ってきた者、ストリートダンスをやっている者、音楽家、などさまざまなバックグラウンドを持ったダンサーで構成されています。伊丹のアイホールで公演を行うのは今回が初めてですし、ソロなどで関西に来る機会はありましたが、カンパニーとしての関西公演は2006年以来、約10年ぶりとなりますので、新境地に立っているような気持ちです。
今回上演するのは『七つの大罪』と『春の祭典』の2作品。どちらも人間が生きていく上で、誰もが直面する、避けては通れないテーマを含んだ作品になっています。子どもから年配の方まで、共感できる瞬間のある、開かれた作品になっているので、ぜひたくさんの方に観ていただきたいです。

■『七つの大罪』について
ベルトルト・ブレヒトの原詩、クルト・ワイルの音楽で1993年に初演された『七つの大罪』は、歌つきのバレエ作品として上演されました。今回はパーカッション、ピアノ、ビブラホン、バイオリン、ギター、など4名の演奏家による生演奏のアンサンブルとのコラボレーションで、私と川合ロンがデュエットを踊ります。音楽監督は芳垣安洋さんです。元曲はオーケストレーションと4名の合唱構成でしたが、それを大胆に編曲し、アジアの楽器なども使って、民族的だったりインダストリアル的だったりでユーモアたっぷりな無国籍音楽になっています。歌詞は原作に使われていたドイツ語で、台詞はとても簡単な日本語や英語などを使います。
山田うん 『七つの大罪』というタイトルは、キリスト教の用語です。「怠惰」「高慢」「激怒」「飽食」「姦淫」「貪欲」「嫉妬」など宗教上のタブーを、資本主義経済の中で人間はどのような価値感でもって生きていくか、というブレヒトの社会への問いかけが含まれています。
この作品の主人公として、アナという姉妹が出てくるのですが、「私たちは二人ではなく、一人だ」というような台詞があり、台本上も自由奔放なアナと、理性的なアナを二人一役で演じるという不思議な設定です。人間誰でも理性と自由奔放な部分を持っているものですが、その間での葛藤やタブー、罪、そういったものを、私と川合ロンの関係性でもって創作しているところです。
原作では女性の歌手とダンサーが出演しますが、今回は男女のダンサーだけで台詞を言ったり、歌ったり踊ったりする役割を担います。二人一役とは言っても、私たちの場合は一人が男性なので、その部分が面白いところになっています。
今は昔と違って、性別についてとても開かれた社会になっていると思います。男性の中の「女性」性や女性の中の「男性」性が多様に存在しています。また、男性にとっての“着飾る”というステータスは女性とは異なるものです。実は男性のほうが女性よりも着飾りたいという心理があるから社会が成立しているのではないでしょうか。社会が歪めてしまった男女の役割や性別的な振る舞いを、この作品でもう一度見つめ直してみたいという思いがあります。

■『春の祭典』について
『春の祭典』はとても有名なバレエ作品です。Co.山田うんでは、この作品の生誕100周年を記念して2013年に創作・初演しました。これまでに神奈川(茅ヶ崎)、東京、福島、愛知で公演を行っており、来月は北京で上演する予定です。再演を繰り返している、とても人気の高いレパートリー作品の一つです。
春の祭典 この作品の特徴は、私が楽譜を分析し、音符一音一音にどのような動きがふさわしいのかを考えて振り付けた、非常に音楽的な作品であるところです。出演ダンサー13名はほとんど全員出ずっぱりで、舞台袖に引っ込むことがほとんどありません。さらにこの曲は二拍子、三拍子などのリズムを複雑に用いた音楽であるため、ダンサーたちはほとんど息をする時間がありません。そのため、どこで深呼吸できるか、どこで息を吐くか、どこで息を止めなければいけないかというところまで振付の中で決まっています。それでも酸素が足りないため、作中に3分間だけ私がソロで踊り、他のダンサーが袖で酸素缶を吸うシーンがあります(笑)。
原作には、最後に処女を生贄にしてみんなで祭り上げるという不思議な宗教儀式があります。この生贄を西山友貴が踊りますが、生贄という名前の通り、踊り終わると立ち上がれなくなるくらいに激しい踊りです。
この作品が人気があるいちばんの理由は、ダンサーの生きた肉体が目の前で躍動するのを観客が息を飲んだまま見続ける、という不思議な体験ができるからではないでしょうか。約35分間、迫力あるストラヴィンスキーの音楽と共に躍動し続ける身体を見続けていると、スポーツでも音楽でもなく、ダンスという枠をも越えて、人間が生きて死ぬという大きな生命の力を感じるのではないかと思います。
子どもであればディズニーランドのアトラクションやアニメーションを見ているような気持ちになるかもしれませんし、大人であれば今まで見たことがないスピードの音楽やダンスと調和を感じていただけると思います。また、バレエをやっていらっしゃる方が見ることによってバレエ以外の表現や音楽の使い方などいろんなことがヒントになるはずです。

■ダンサーたちを爆発させる
バレエ作品である『春の祭典』をバレエダンサーではない者が踊るということで、テクニックだけに頼らない原始的な身体の使い方を要求します。またストラヴィンスキーの音楽は非常に早いテンポの構成で、その曲を余すところなく振付けているため、0.1秒動きが遅いだけでダンサー同士の衝突などによって大怪我をしかねません。0.1秒遅くても早くてもいけないというタイミングで交錯したり、人を飛び越えたりし続けなければならないので、ダンサーたちからは「二度と踊りたくない」と言われるほどに、とてもストレスのかかる作品です。
春の祭典 ロシアの冬というのはとても長く、分厚い氷がバリッと割れる瞬間に春がやってきます。厳しい自然の中で感じる春というのは、私たち日本人が感じる春とは到底違い、戦争が終わったというくらいの祝福、幸福感のあるものです。死んでいたものが生まれ変わる、今まで黙っていたものが初めてしゃべるような、春のエネルギーは、ただ踊ったり、きれいに整列すればできるというものではありません。緻密に動線や構成を練り、稽古の段階から本番に向け、ダンサーたち一人ひとりを処刑台に立たせるように追い込んでいきます。そういう導き方は、日本のダンスカンパニーとしては珍しいかもしれません(笑)。私もこの作品で初めてダンサーたちをそのような厳しい場所に立たせたので、自分自身にとってもチャレンジでしたし、カンパニーの大きな転機にもなりました。

■日本人だからこそ踊れるダンス
ダンサーを14名も擁するということは、活動を継続していくことがとても大変です。海外・国内公演、また地方都市で廃校になった学校を稽古場として提供していただくなど、大都市から田舎までさまざまな方に支えていただきながら、今のところやっています。
ダンスで創作と言うと「気心の知れた6〜7名で面白いことをやろうよ」というノリが多いと思うのですが、私たちのカンパニーはそういったスタイルではなく、世界に発信できる日本人の身体ならではの群舞というものを創作しています。ヨーロッパの鍛えられたバレエダンサーや、東南アジアのように伝統舞踊や柔軟性の高い身体を持っているダンサーでは踊れない、窮屈な日本社会の中でなんとか生き抜いているダンサーだからこそ踊れる作品です。それがエネルギーとなっているからこそ、やっていけるカンパニーではないかと思っています。公演を観ていただければ、大所帯のカンパニーをやってみたいとか、20人で作品を創ってみようかな、と思う方もいらっしゃるかもしれません。
東南アジア、中東、ヨーロッパなど、あちこちへ行くんですが、いろんな国のダンスを見ていて、最もたくましいと思うのは、イスラエルと日本のダンスです。生きにくさやストレスが身体に反映されている点が痛切に感じられます。肉体だけ、知性だけではないものを融合させて、芸術を創造するパワーが日本は高いんじゃないかと思っています。ぜひこの作品を、日本人の創作意欲や、アウトプットさせることに繋げるエネルギーにしてほしいと思っています。
伊丹公演の1週間前には、平成26年度文化庁「東アジア文化交流使」として、北京の中間劇場(http://www.zhongjianjuchang.com/)での公演が予定されています。文化交流使として『春の祭典』を上演するために、並行して準備を進めているところです。

■質疑応答
Q.『七つの大罪』を取り上げようと思ったきっかけは?
人間にとって、社会にとって生きることとは何かを考えた時、『春の祭典』はとても原始的なエネルギーのある作品ですが、その対比として理性を含んだ人間のエネルギーを表現したいと思い、『七つの大罪』を選びました。
山田うん 私は、音楽的な作品を創ることが最も得意ですが、文学的な作品ですとこれまでに山本周五郎の『季節のない街』やテレサ・ハッキョン・チャの『ディクテ』を取り扱ったことがあります。川合ロンとのデュエットは今回4作品目になりますが、今まで音楽的な作品で挑戦してきたということもあり、そうではない要素、文学的な発想や風刺を用いたもので創作してみたかったというのが、きっかけです。

Q.二人一役はどのように演じ分けるのでしょうか。
自由奔放のアナを川合ロンが、理性的なアナを山田うんが演じますが、どちらが自由奔放でどちらが理性的だと思えるか、それは状況によって感じ方がまったく違ってきますので、そういう状況を利用して役割はときどき入れ替わったりします。ここが演劇とダンスの大きな違いのひとつで、演劇では一人一役で演じることが多いですが、ダンスはさまざまな立場から役を演じることができますし、役を超えて二人一役を担うことができます。人間は悪人にもなれば、次の瞬間、善人にもなれるもの。見ている人や、その人の住んでいる地域や立ち位置によっても見え方はまったく違うと思います。それらを含め、演じる役を逆転させていく瞬間は『七つの大罪』の見どころのひとつです。

Q.『春の祭典』が伊丹公演で変わる点は?
まず、ダンサーの動きをより磨いて、視覚化・聴覚化されるものの解像度をものすごく上げていくという点です。また、動きを磨くことによって、ほんの数秒間の余白が生まれますので、そこに入る振りや“間”がこれからどんどん変わっていく予定です。
例えば冒頭の8秒に全員で踊るユニゾンがありますが、この振付を覚えるにはダンサーでも1時間はかかります。さらにその8秒は、1時間かけて練習をしても、振付を再現するだけでは私が望んでいるものにはなかなか仕上がらないくらいの緻密な振付です。磨き上げるということは、そういった過程により時間をかけていくことで、これまでにないくらい良い状態に持っていくことだと思っています。

(2015年2月12日 大阪市内にて)



【自主企画】
アイホールダンスコレクションvol.74
Co.山田うん『七つの大罪』/『春の祭典』
『七つの大罪』

振付・演出:山田うん、音楽:芳垣安洋/クルト・ワイル
『春の祭典』
振付・演出:山田うん、音楽:イゴール・ストラヴィンスキー

2015年年3月21日(土)15:00
22日(日)15:00

公演の詳細は、こちらをご覧下さい。
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