【AI・HALL共催公演】

ミクニヤナイハラプロジェクト『前向き! タイモン』


 ニブロールで振付家として活躍する矢内原美邦が、演劇作品を上演するために立ち上げた「ミクニヤナイハラプロジェクト」。  2013年2月の『静かな一日』に続き、二度目の登場となる今回、2011年に第56回岸田國士戯曲賞を受賞した『前向き!タイモン』を上演します。矢内原さんに、お話を伺いました。


————— 作品について
 もともと、この作品は、2010年に京都府立文化芸術会館で行われた「シェイクスピアコンペ」に参加するために書いたもので、そのときはソロ作品でした。シェイクスピアの『アテネのタイモン』をベースに書こうと思ったのですが、最終的には原作をほとんど踏襲せず、自分なりに、かなり自由に、書きたいことを書いてしまいました。主催者側にそのことをお伝えすると、「せめてタイトルだけでも原作の痕跡を残してほしい」といわれ、そのときは『タイモン』というタイトルで上演しました。タイモン役は、今回と同じ鈴木将一朗くんです。そのコンペで優秀賞をいただき、翌2011年に、再度、京都で上演する機会に恵まれました。また、同年に、私がディレクターを務めることになった、こまばアゴラ劇場のサマーフェスティバルで、「今回からディレクターも作品を発表するようになったんだよ」ということもあり、ソロ作品を3人の芝居にバーションアップさせたのが、今回の『前向き! タイモン』です。
 主人公の大門(タイモン)は、祖父が一代で築いた会社の三代目で、来ないはずの人を、部屋でずっと待ち続けています。待ち続けるといっても、作品で描いたのはたった1秒間で、そのなかに、たくさんの人の人生を詰め込みました。タイモンが「待ってるよ」と言ってから1秒間の物語です。なぜ1秒間かというと、死ぬ瞬間は、走馬灯のように今までの人生が思い浮かぶといわれていて、そういったことを物語の構造に取り入れたかったことと、1秒という短い時間の中で、何も進んでいないようで、実は何かが大きく進んでいるんだということを描きたかったからです。
————— 原作から取り入れたこと
 シェイクスピアを読んでいると、神がアダムとイブを楽園から追放したのは二人がリンゴを食べたからだという逸話をきっかけに、つまり宗教がかかわり物語が進んでいってるなぁと感じるところがあります。それで、今回は「リンゴ」を大きなキーワードにしました。リンゴが売れないと嘆いている農家から、大門(タイモン)がすべてのリンゴを買い付けたことで、リンゴの価値がお金と同じになったり、農家が「子供ってリンゴのことね」と何度も繰り返し発話したり、大門の友人が毒リンゴを食べさせられたりします。また、『アテネのタイモン』では、貴族のタイモンが人の裏切りを経験して富や人を信じる心も失うのですが、『前向き!タイモン』の大門は、友に裏切られるのですが、メイドが剥いてくれないリンゴを自分で剥きながら、ひたすらやってこない人を信じて待っています。このように、不幸な環境に置かれている登場人物3人が、それでも前向きでいることを描いています。
————— “前を向く”とは
 登場人物は、後ろ向きなことを言いながらも、前を向いています。そして、前向きなことを考えているのに自ら行動に移しません。行動を起こすことで何かが変わるのではなく、後ろ向きでありながらも前を向くことこそが、生きていくことなのではないかと私は思っています。辛いことがあったとき、行動を起こさずに待っているという行為、耐え忍ぶといいますか、その待てることの強さが私は前向きだと捉えています。
 私自身、自分から「やろう!」と先頭に立って物事を進めることが苦手でして、行動を起こすのに時間がかかるんですね。人にきっかけを与えてもらったり、一緒にやろうといってくれる人がいたりして、やっと行動に移せるんです。
————— 震災を描くということ
 戯曲のベースは、2010年のソロバージョンで既にできていました。ただ、2011年に3人バージョンとして立ち上げるとき、やはり震災のことを意識せざるを得なかったですし、この状況をどう乗り越えていくべきかを考えて、台本を書き換えていきました。
 3.11後に上演することで、特に台詞の受け取り方が違ってくると感じています。例えば、「もっと生きたかったのに」という農民の台詞は、人によっては感じ方が大きく変わってしまうでしょうし、現状を受け止めると、その言葉が胸に突き刺さってくるのではないでしょうか。
 作品をつくるとき、常に“今のこと”を描きたいと考えています。日本で何が起こっていて、世界はどういうことと向き合わなければいけないのかは、作品をつくるうえで私にとって一番大切なことです。ただ、震災や災害など非常事態が起こった直後は、芸術よりも具体的な物質の支援のほうが必要です。でも、芸術には、そのことを忘れないよう、作品として残しておくことができるのではないかと思っています。演劇やダンスの作品として、表現として残すことで、そこで起こったことを時間が経っても伝えていくことができるのではないかという思いはあります。だからといって、震災の大変さを直接描くのではなく、今、人が心の奥に抱えているものが何なのかを見つめて、そこから浮かび上がってくるものを描きたいと思っています。
 『静かな一日』(2013年)は、死んでしまった奥さんのことをずっと想っている旦那さんが、それをどう乗り越えて生きていくかを描きました。観ていただいた人に、これからどう生きていくかを、一緒に考えたり、提示したり提示されたりすることが、今の私の作品をつくる意義でもあります。だからこそ、“これから先”に、被災地で演劇やダンスができることが増えていくはずだと私は信じています。
————— 全国5都市ツアー
 ミクニヤナイハラプロジェクトとしては初めての試みです。特に、いわき市は、メイド役の笠木泉さんの出身地ということもあり、どうしてもやりたかった地域です。再演は、賞をいただいたのがきっかけですが、私自身も、演劇作品でこんなに長い期間付き合っている作品は初めてかもしれません。
————— 初演と変えた部分
 演出も戯曲も、初演とほとんど変えていません。ただ、俳優たちは台詞と動きが完全に入った状態で稽古をスタートできるので、台詞を理解しながら演じることが、今回は初めてできていると思います。私の作品の場合、特に初演のときは、俳優たちは動くことに一生懸命になってしまい、言葉の面白みは終わってから噛み締めることが多いんです。それでも、俳優のパワーと技量で成立しているのですが、やはり台詞の意味を深く解釈することで、よりレベルアップしていると思います。特にこの作品では、タイモンを、“良いタイモン”“悪いタイモン”“普通のタイモン”と、一人で3役を演じ分けなければいけません。初演では、<良い><悪い><普通>の演じ分けが判りづらい部分もありましたが、再演ではそれが判るぐらい改良されています。
————— ドライブ感溢れるスタイルの到達点
 私の作品は、台詞が早すぎて意味がわからないという感想も多いのですが、『前向き! タイモン』に関して言うと、役者の技量が高いので台詞は聞き取れます。それに、聞き取れなくてもいいから、かっ飛ばせという演出でもありませんし。ただ、台詞はかなりの量がありますし身体の運動量も多いので、スピード感はあるように感じると思います。先に戯曲を読んでいただいてから観劇いただくと、よりスムーズに観ることができるかもしれませんね。

(2013年7月 大阪市内にて)



矢内原美邦(ニブロール)
ダンスカンパニーニブロール主宰。日常的な身振りをベースに現代をドライに提示する独自の振付で国内世界各地のフェスティバルなどにも招聘される。劇作・演出も手がけ2012年岸田國士戯曲賞を受賞。off-Nibroll名義で美術作品の制作も行い、上海ビエンナーレ、大原美術館、森美術館などの展覧会に参加。プロダクションIG製作ほったらけの島アニメーションで振付担当、ダンスと演劇、美術などの領域を行き交いながら作品制作を行う。
日本ダンスフォーラム賞優秀賞、NHK賞、ランコントレ・コレオグラフィック・アンテルナショナル・ドゥ・セーヌ・サン・ドニ・ナショナル協議員賞、横浜市文化芸術奨励賞受賞。
近畿大学舞台芸術学科准教授。http://www.nibroll.com

【AI・HALL共催公演】
ミクニヤナイハラプロジェクト
『前向き! タイモン』

作・演出・振付:矢内原美邦
映像:高橋啓祐
出演:笠木泉、鈴木将一朗、山本圭祐
2013年7月19日(金)19:30
7月20日(土)15:00
7月21日(日)15:00

公演の詳細は、こちらをご覧下さい。 → こちら