AI・HALL共催公演として、青年団が2014年1月24日(金)〜27日(月)に『もう風も吹かない』の上演を行います。
 作・演出の平田オリザさんに、作品についてお話いただきました。


■『もう風も吹かない』製作のきっかけ
 この作品は2003年に、桜美林大学の演劇コース一期生の卒業公演のために書き下ろした作品です。それが大変好評だったものですから、翌年、JICA(国際協力事業団)の支援を受けて、全国巡演しました。
 僕は2001年から2002年にかけて、JICAの青年海外協力隊の改革に関する諮問委員をしていました。そのとき、たまたまフランスで仕事をしていたので、モロッコの協力隊の活動を見せていただいたりしました。協力隊の訓練所が、福島県の二本松と長野の駒ヶ根にあるのですが、それも両方見せていただいて、行った瞬間に「これは芝居になるな」と思いました。しかも当時、(桜美林大学の)卒業公演のホンを書かなきゃいけないことは決まっていたので、これだったらいくらでも若い学生たちを出せるなと(笑)。そういうことでつくった作品です。ですので、過去最多の22人が出演しています。今までは『東京ノート』がいちばん多くて20人だったんですけれど、それより多く出ています。
 今回もJICAの後援を得ているんですけれど、協力隊礼賛の話ではありません。「よくJICAは後援しましたね」と呆れられるくらい、協力隊の様々な問題点をトピックとして扱っている舞台です。設定は近未来にしています。通貨危機が起こって、1ドルが400円くらいになっていて、日本は海外支援をすべて取りやめることが決まり、当然、協力隊の派遣も中止になる。その最後の協力隊の訓練生たちの話、という設定になっています。今までも、青年海外協力隊のことを題材にしたドラマなどはあったんですけど、訓練所を舞台にしたものはなくて、そこがひとつ、今回の作品の特徴かなと思っています。

■青年海外協力隊について
 協力隊というのは派遣期間が2年なんですけど、その前段階として、以前は3ヶ月、今は10週間の訓練を行います。ですから訓練所では、21歳から39歳までの男女が3ヶ月一緒に暮らします。しかも訓練が終わると、1週間から10日で海外へ出かけて、そのまま2年間帰ってこない。2年間会えないことがわかっている人たちが、3ヶ月だけ一緒に暮らすんです。当然そこでは、恋愛があったり、喧嘩があったり…この作品では、そういう青春群像を描いています。
 協力隊員というのも本当に様々で、ボランティアにものすごく燃えている人たちが大体なんですけど、いろんな温度差もあって、例えば極端な場合、就職できなくて協力隊に来た、なんていう人もいるわけです。あるいは大企業から派遣された人もいます。NGOを経験した人もいますし、このあとNGOに入っていく人もいます。
 この作品では、そこへ更に「最後の協力隊」という負荷がかかります。これがなぜ負荷になるかというと、協力隊というのが基本的に「継続支援」をしているからです。例えば途上国の女性更生施設に、日本から継続的に協力隊を送る。ところが、これが「最後」だってことになっちゃうと、この最後の人は、何をしていいかわからなくなっちゃうんです。技術を教えるだけだったら他の人でも出来るんだけれども、いろんなことを現地の人と継続的にやっていくというのが日本の協力隊のやり方なので、それができなくなると困るという職種もたくさんあるんです。
 それから、協力隊というのは出来てから50年近く経っていて、“制度疲労”を起こしているんですね。海外渡航が自由化される前、つまり、前の東京オリンピックのときに出来たシステムですから、今みたいにすぐに海外に行けるような時代には合わない部分がたくさんあるわけです。しかも、日本の海外支援というのは「要請主義」といって、現地からの要請に従ってするものです。そうすると、中進国で協力隊なんてもういらないんだけど、来てくれれば確かに助かるので、新しい支援分野をどんどん開拓していっちゃって、いろんな変な協力隊が出てくるんです。例えば僕がモロッコに行ったときには、「バレエ隊員」というのがいました。ところが、モロッコでバレエを習いにくるような子どもたちは、もう本当にお金持ちの子どもたちなので、ベンツで送り迎えされているんです。教えている側は、別にダンサーとしてはトップクラスではなく、日本ではコンビニなんかでバイトしながらバレエを続けているような人が、ベンツで送迎されているモロッコの子どもらを教えている。これは非常に象徴的な例ですけど、そういうちぐはぐなことが起こっているわけです。もちろん、ルワンダとかアフリカの奥地に行って、本当に現地のために頑張っている人もたくさんいるんですけども、派遣国によっても天と地ほど違って、モルジブやフィジーのようなリゾート地みたいなところへ行く人もいる。全部同じ条件で行くわけですから、非常に多くの矛盾を孕んだ制度なんです。

■「人が人を助けることの可能性と本質を探る」
 海外支援、海外援助で「助ける」とはどういうことなのか。あるいは、日本が本当に貧乏になったときに、それでも海外支援をするというのはどういうことなのか。例えば今、特に東日本大震災以降、協力隊の応募者数はガクンと減っているんです。その理由は簡単です。ボランティアをやりたい若者の数は一定だから、みんな東北のほうへ行っちゃってるんです。要するに、自分の国があんな状態になっているのにも関わらず、よその国を助けに行くというのはどういうことなのかを、みんな考えるわけです。それは大事なことだと思うんですよ。自分の周りの人を「助ける」ということ、遠い地球の裏側の国の人を「助ける」ということ、それはどういうことなのか。そういうことを考えてもらいたいと思って書いた作品です。

■いま、再演をする意義
 今回、東京では吉祥寺シアターで上演をしたのですが、すごく好評で、超満員になりました。多くの方から、「これを10年前に書いたのはびっくり」と言われたのですが、それくらい今のほうがリアリティを増したということですね。特に通貨危機の問題は、さらにリアリティを増していると思います。そういう意味では、今回、台本の変更というのはほとんどありません。
 他の劇団に書き下ろして、それを自分の劇団で演出するというのはいくつかやったことがあるんですが、よそで作・演出をやって、それを自分の劇団でもやるというのは、たぶん初めてのケースです。この作品は、いずれ劇団でやりたいと僕も考えていましたし、桜美林の一期生・二期生たちがうちの劇団にも何人かいて、彼女たちもやりたいという意欲が非常にありました。とはいっても、学生たちとつくったお芝居なので、ほとぼりが冷めてからというか(笑)、少し期間を置いたほうがいいだろうと。で、ちょうど今年が10年の節目なので、再演することにしました。

■質疑応答

Q.協力隊の問題というのは、今も解決されていないということですか?
A.協力隊の構造上の問題は、たとえば訓練所の、語学以外の教員の8割から9割が協力隊出身者だということです。特に90年〜2000年代初頭の景気が悪かった頃は、協力隊出身者の再就職率が非常に低くて、だから就職率を上げるために協力隊が自分のところで雇用してしまうということがあったんですね。今は少し風向きが変わって、企業がグローバル化してきたので、途上国で揉まれた経験を持つ人を採用する傾向があります。協力隊も、そういうところに地道に宣伝したりして、局地的には改善した部分もあるんですが…。要するに、協力隊というのは、OBたち、すなわち“協力隊LOVE”の人たちがやっているんです。協力隊は良いことだと思ってる人たちがやっているから、なかなか変わらないんです。

Q.JICAの方たちはこの作品を観劇されて、何か仰ってましたか?
A.まず皆さん、「なぜこんな細かいことまで知っているんですか」とものすごく驚かれます。取材をしたわけではなく、想像力で書いているんですが、非常にリアルだと皆さん仰られますね。そのうえで賛否はわかれます。例えば、担当部長は外務省から来ているので、「これはいい。ぜひ宣伝のために、来年も旅公演してください」と(笑)。ところが担当課長は協力隊出身なので、「いや、こんなに酷くないです」みたいな(笑)。ただ、今の宣伝の仕方だと、協力隊のことをあらかじめ好きな人や興味のある人は関心を示してくれるけど、一般の人に全く関心が及ばないんじゃないか。綺麗事ばかりじゃなく清濁併せて、悩みも開示してアピールしていかないと説得力を持ちませんよと、そういうことは諮問委員会のときから言ってきました。僕としては、この作品が協力隊の最良の宣伝なんです、とJICAにはずっと言ってきています。そこにすごくシンパシーを感じてくださる人もいれば、「いやいや…」と同意しない人もいらっしゃいます。

Q.訓練所の生活は、どんな感じなんですか?
A.細かく言うと、月曜から土曜まで、訓練生は主に語学研修をしています。とにかく片言くらいは喋れるようにするので、大体1日の7割くらいは語学研修だと思います。それ以外も、例えば理科教育の先生が結構多いんですけど、その理科の授業をどうやって英語やフランス語でやるか、みたいな訓練もあります。そういう感じで、朝から晩まで訓練して、夜も自習や宿題があります。日曜だけ休みです。訓練所は二本松や駒ヶ根にあるので、例えば東京に家がある人は帰ってもいいんです。土曜日の授業が5時頃に終わって、そのあと新幹線で帰って一泊して、日曜の夜までに帰ってくるというパターンが多いですね。ですから今回の作品は、その日曜の夕方、訓練生が家から戻って来るところが、舞台の時間帯になっています。男女は完全に混合で、寮もワンフロアに男女一緒です。ただし、異性の部屋に入ることは禁止になっています。でも極端な例ですけど、中にはそこで知り合って、盛り上がっちゃって、海外派遣の2年間はメールだけでやりとりして、そのあと結婚する、というケースもあると聞いています。作品にも、そういう話もちょっと出てきます。

Q.タイトルはどういう意味で付けられたんですが?
A.これは、焼け跡とかそういうものでもなくて、徐々に滅びていくというか…。目に見えて苦しいことがあれば、それと戦っていけるんだろうけど、今の若者たちが大変なのは、そういうものもないこと。だらだらと衰退していくという感じを書きたいと思い、このタイトルを付けました。学生たちによく言っていたのは、もう日本は滅ぶんだ、滅びるんだけど、日本国という「国」が滅びたからといって、日本人や日本文化が滅びるわけではなくて、そこからどうやって生き残っていくかということのほうが大事なわけです。それは例えば小松左京さんが『日本沈没』でいちばん書きたかったことですよね。日本という国家、国土がなくなっても、日本人、日本文化というのは有り得るのか。滅びなくても衰退していくことは間違いなくて、その中で、日本人が自暴自棄にならずに、どうやって日本の文化や、あるいはプライドを持って国際社会の中で生きていけるか、というところが大事で、それは今まさに問われている問題だと思います。

Q.東京公演の反応はいかがでしたか? また、出演する俳優たちは、10年前の初演と何か違いを感じていましたか?
A.僕の作品の中でも、これは極端にわかりやすいお芝居なので、そういう意味では非常に広い範囲のかたに好評だったと思います。学生のために書きましたし、保護者のかたも観に来るということを意識してましたので、普段のお芝居よりわかりやすい内容になっていると思います。
 桜美林大学でやったときも、年寄りの役が必要だったので、うちの俳優を3人使いました。今回出ているメンバーでいうと、山内健司と志賀廣太郎が初演も出ています。それからあと、初演時に桜美林生だった子も今回6人出ています。初演に出演していた子たちは、10年経ってやっと台詞の意味がわかったと言ってましたね。

(2013年12月 大阪市内にて)



【共催公演】
青年団 第71回公演
『もう風も吹かない』

作・演出:平田オリザ

2014年1月24日(金)19:30
1月25日(土)14:00 / 18:00
1月26日(日)14:00
1月27日(月)14:00

※1月25日(土)18:00、27日(月)14:00公演の
前売・ご予約の受付を終了いたしました。


公演の詳細は、こちらをご覧下さい。 → こちら