アイホールでは12月5日(金)〜12月7日(日)に共催公演として燐光群『8分間』を上演いたします。本公演は、社会への鋭い視点と卓越したアイデアに満ちた燐光群の最新作です。駅のプラットホームで様々な状況に対応する人たちの姿を通し、労働、家族、生活、教育の問題や「生きものとして生きる感覚」をシビアに、ユーモラスに描き出します。作品について、坂手洋二さんに伺いました。


■『8分間』について
 2014年の燐光群は、3月に現代能楽集『初めてなのに知っていた』、5月に劇団員・清水弥生の新作『ブーツ・オン・ジ・アンダーグラウンド』、夏には『カウラの班長会議 side A』で豪州の俳優を迎えた日本・オーストラリアのツアーと、色んな方向の作品を上演してきました。その最後を締めくくるのが、新作の『8分間』です。
 今作は、昼間の駅のプラットホームを舞台に、同じシチュエーションの異なる8分間が繰り返される、いわゆる“タイムループもの”です。電車に乗り遅れた主人公がホームで次の電車を待っていると、女性が電車に足を挟まれて出られなくなり、乗客たちがみんなで女性を助けようとします。この状況が何度も繰り返されます。ケースによっては救出できるときもありますが、ほとんどが上手くいかない。主人公以外の登場人物は8分間が繰り返されていることに気づかずに物語は進んでいきます。「屋根裏」という狭い“空間”ではなく、今回は8分間という“時間”ですが、「閉じ込められる」という設定は『屋根裏』と似ています。

■タイムループで現代社会を照射する
 タイムループの話は、筒井康隆さんの短編集『東海道戦争』(1965年)に収録されている『しゃっくり』が、日本初と言われています。つまり、“タイムループもの”と呼ばれる、時間が繰り返される話は、昔からあったわけではなく、ここ数十年の間に出てきたものなんです。『8分間』も“タイムループもの”の王道を行きたいのですが、SFにはしたくないと思っています。8分間の繰り返しから見えてくる現代の出来事、空気、そういうものを出していきたい。そもそも、この手法を使いたいと思った動機は、現代の社会問題をより大きな視野で捉えたいと思ったからです。今の社会は、僕の脳みその中だけでは回収できないくらいおかしくなってしまっていると感じています。5年前、10年前なら有り得ないことがどんどん罷り通っている。例えば、福島第一原発の汚染水流出に関するニュースも、数年前ならみんな「大変だ!」と騒いでいるのに、今は報道を見てもスルーしてしまうほど、麻痺してしまっている。こんな世の中で、何か一つのトピックスについて理性的に取り上げたとしても、現実の混沌に負けてしまう。だから、『8分間』では、ループを使って、生活の至近距離から日常に潜む悪夢を描くことを試みます。

■東京という“町”
 僕は稽古場で「この作品はとても変形的なソーントン・ワイルダーの『わが町』だ」と言っています。『わが町』(1938年)は、二つの家族を描くことで、そこに住まう町のことが語られます。ワイルダーの出身地であるアメリカは、フロンティアと呼ばれた辺境地帯を開拓していった時代があり、自分たちで町を作り上げてきたというバックグラウンドがあります。だから、「新しいところに町を作っていく」という物語は普遍的な強さを持っており、アメリカに限らず、マカロニ・ウェスタン(イタリア製西部劇)で有名なセルジオ・レオーネ監督の映画『ウエスタン』でもモチーフになっています。
 日本でも、終戦直後に農地改革が行われたことで、土地が拓かれ、工業地帯ができ、町が開発されていった時代がありました。僕は以前、松本修さんのMODEに、『わが町』を原作にした『わたしが子どもだったころ 瀬戸内版』を書き下ろしたことがあります。その時は、瀬戸内海の何もない場所から開拓され、4万人が移住して生まれた新しい町、岡山県の水島臨海工業地帯をモチーフにしました。
 今までの僕にとって、“わが町”は故郷の岡山でした。ところが、30年近く東京で生活していると、ある種の馴染みが出てきて、やっと、自分が住み続けている東京の小さな町をモデルに描いてみようと思うようになりました。今回の作品は、東京の町のあり方を背景に、狭い地域に密集して生活している違和感や、そこに住んでいる人々の物語を通じて、東京の“わが町”を描いてみたいと思います。
 作品内に具体的な駅名や地名は出てきませんが、僕がよく利用している京王井の頭線・浜田山駅がモデルになっています。この駅の時刻表は午前9時頃から毎時同じタイムテーブルで、ほぼ8分間おきに電車が来るようになっています。だから、乗り遅れたら次の電車まで8分間待つ、そういうタイムラグが体に染み付いています。浜田山駅は住宅街の近くにあるため、午前の遅い時間帯や正午に駅のホームにいると、お年寄りや若者、ベビーカーを押している人や、何の仕事をしているかわからない人など、色んな人たちが往来します。『8分間』にも、そういう平日の昼間にいる人たちが登場します。登場人物は20名近くいるのですが、わざと固有名を出さず、その背景もほとんど説明していません。その匿名性が、駅のホームで知らない人が出会うというリアルな状況を、出してくれるのではないかと思っています。

■出演者・振付について
 今回は鴨川てんしと中山マリのダブルキャストで上演します。同じ役を男と女が演じるのも今作の面白いところのひとつです。
 客演陣も個性豊かな方々です。燐光群ではお馴染みの円城寺あやさんや岡本舞さん。今年3月に燐光群で初舞台を踏まれた大島葉子さん。僕の高校の後輩であるさとうこうじくんや、『ブーツ・オン・ジ・アンダーグラウンド』(今年度劇作家協会新人戯曲賞最終候補作)で主演したDULL-COLORED POPの東谷英人くん、中津留章仁最新作『八月の雹』にも主演した荻野貴継くん、などです。特に大島葉子さんは、カンヌ国際映画祭コンペティション部門招待作品に選ばれた河瀬直美監督『朱花(はねず)の月』で主演を務めるなど、話題作の多くに出演、映画分野では「知る人ぞ知る」重要なキーパーソンです。彼女はモデルもやっていますし、「叫ぶ詩人の会」で活動していたドリアン助川さんとコラボレーションして朗読イベントをするなど、様々な活動をされている俳優さんです。
 また、今回も矢内原美邦さんが振付したムーブメントが入っています。彼女はまず俳優から動きや表情を出してもらい、それらを組み合わせて振付していくのですが、今回は僕と矢内原さんの共同で行っています。彼女が稽古場に来たのち、1週間は僕が振付し、それを彼女に直してもらうといった流れで進めています。
 同じ状況を繰り返す今作では、俳優から「3回目か4回目かわからなくなる」「このシーンは、さっき繰り返した台詞じゃないと落ち着かない」など、文句がものすごい(笑)。しかし、この稽古場でのやり取りが演劇の基本だと思います。僕は、演技とはアクション(行動)じゃなくてリアクション(反応)だと思っています。舞台はお互いのリアクションが取れるように創っていかなくてはいけない。ちょっとしたことで展開がすべて変わってしまう。微妙な違いの積み重なりが大きな違いになっていく。今の稽古場は、そういうことを確かめられる現場になっています。

■自らの体験を経て描くもの
 先日、「坂手くんの作品は電車の話が多いよね」と言われまして…。確かに『いとこ同志』『パーマネント・ウェイ』など、電車に絡んだ話が多い。僕は18歳まで岡山県の田舎に住んでいて、バスに乗ることさえなく、自転車で通学していたので、電車というものが珍しく、憧れがあるのかもしれません。もしかしたら今回の公演で、僕の潜在意識にある電車に対する何かが、解き明かされるかもしれませんね(笑)。
 舞台は東京なので、震災や放射能のことも当然出てきます。2011年3月11日、東京では全ての電車が止まった瞬間があり、そのことを東京にいたみんなが体験しました。そのときに感じた何かが作品のヒントになっていますし、その震災で踏まえたことを描いています。ただ、台詞の中で震災にまつわる単語はほとんど使わないようにしています。世の中ではそういうことが隠されていると思うからです。東京が震災にまつわる何かを隠そうとする雰囲気、それが『8分間』のテーマの一つになっていると思います。
 8分間がタイムループする作品ですが、途中からは、かなり奇想天外な展開になっていきます。実は、僕もこんな劇は見たことがありませんので、ぜひご期待ください。


(2014年10月31日 大阪市内にて)

【AI・HALL共催公演】
燐光群『8分間』
12/5(金)19:00、12/6(土)14:00/19:00、12/7(日)14:00