■再演の経緯
空ノ驛舎(以下、空ノ): 『追伸』が第20回OMS戯曲賞の大賞をいただいたとき、再演するならアイホールでと劇団内で話していました。初演(2012年3月)がアイホールだったことが大きな理由です。■“場所”から想起された『追伸』
空ノ:中村は、日記を書くように戯曲を書いているのですが、本作『追伸』を書くきっかけになったことが二つありました。ひとつは、彼が毎日通る
道端に、花が手向けられている場所があって、通るたびにその花が新しくなっていたそうです。そこは花を手向ける誰かが、かけがえのない誰かに対して思いを馳せている場所なのだろうと思ったそうです。そこで、構想として、誰かにとって特別な“場所”であることにこだわった作品をつくろうと思ったそうです。もうひとつは、身近な3人の知人が亡くなったことです。3人とは、バイク事故で亡くなった演劇の先輩、元劇団員、病気で亡くなった職場の人で、この人たちと最後に交わした言葉が、たわいもない日常会話だったり、どうにもならないくだらない話だったりしたことがずっと気になっていたそうです。伝えられなかったことや、もっとちゃんと話をしていたらよかったという思いと、事故現場の花のことが重なって、筆を動かし始めたそうです。■“新しい文体”と出会うために
空ノ:『追伸』は、中村がOMS戯曲賞10回目の候補でいただいた大賞作品です。大賞をとる作品というのは、戯曲の技術やスキル云々も関係あるかと思いますが、何より“新しい文体”であることが必要だと思っていました。では、『追伸』が新しい文体なのかと聞かれると、正直まだわかりません。初演は作品を成立させることに必死で、そこまで考える余裕はありませんでした。だから、再演の演出では、『追伸』の何が評価されたのかを考える機会にしようと思っています。今回、演出の取っ掛かりにしたのは、チラシの裏面に掲載している松田正隆さんの選評で、この作品には「風景としての人間が描かれている。人間の背景として風景が配置されているのではなく、人間と校庭や公園が一緒に同居している」、「三つの場所の三つの場面に、台詞が発話されることによって人間が立ち現れる」、「台詞が交わされることで人が出現する」という言葉をいただきました。これらを手がかりに、空間に言葉を置いたときに演劇の場所や時間がどのように立ち上がってくるのかを試みる演出方法をとりたいと思いました。
私は、演劇行為というのは、学術的な人間探求の一面があると思っています。 “人間が存在する”とはどういうことなのか、どういう佇まいでいることが「生」なのか。そして“人間が死ぬ”とはどういうことなのか。そういった人間の存在や死といった根源的なところを、わかりやすいストーリーで理解するのではなく、別のかたちで表現していきたい。少し哲学的ではありますが、例えば、舞台上にゴロンと転がっている役者がいるとして、その消そうとしても消しようがない人間としての「存在」を表現することができれば、それがひとつの舞台芸術になるのではないかと考えています。■さまざまな“時間”を描いた『タイムズ』
林:僕は近年、都市の風景や都市で暮らす人の言葉をコラージュする方法で作品づくりをしています。実は物語を構築するのが得意ではないというのもありますが、世界を戯曲でどう掴みとろうかと考えたとき、ひとつの物語だけで掴み取るのではなく、たくさんの断片を重層的にコラージュする方法をとろうと、あるとき決めまして、そこから自分の戯曲の書き方を変えました。その転機となったのが、『サブウェイ』(第18回OMS戯曲賞大賞作)という地下鉄に乗り込む乗客たちのモノローグをコラージュした作品です。『タイムズ』は『サブウェイ』の次に書いた作品で、都市の定点観測をモチーフに、都市に点在するコインパーキングから着想しました。まず、日本で一番値段の高いコインパーキングを調べたところ、ちょうど大阪ドームの近くに25分1,000円のところがありました。そこで、2011年、毎年KinKi Kidsのコンサートが行われる12月25日に、朝からそこに張り付いて、 丸一日“取材”を行ったんです。開演が近づくにつれてどんどん駐車場がうまっていきます。ナンバープレートを見ると、高知、静岡、福岡、三重など。遠方から来た人が、どこに止めていいのかわからずに駐車していくんです。終演後にインタビューしましたが、停めた人は駐車場代すら把握しておらず、チケット代より高くなっていることに気付いていないわけです。■佐藤信さんからのラブコール
林:2011年11月の初演のあと、この作品はもっと深めて遊ぶことができたのはないかと、もやっとした気持ちがあって、もう一度じっくり考えてみたいと思っていました。今回、幸運にもその機会を得たのですが、僕自身、改めてこの作品をどう立ち上げるのがよいのか悩み出したときに、信さんがこの作品を演出してみたいとおっしゃっていると小耳に挟みました。ちょっと信じられなくて、座・高円寺のプログラム説明会で東京に行ったときに、真意を確かめようとしたんです。そうしたら、信さんのほうから「演出したいんだよ」と言ってくださって…。そのときからワクワクしてたまりません。まさかこういった形で、この作品の可能性を深める機会がめぐってくるとは…と感動しています。■『タイムズ』が語る“希望”
佐藤信(以下、佐藤):第20回OMS戯曲賞は、最終候補作のレベルが高くて、20年間やっていて記憶に残る選考会のひとつでした。選考委員はそれぞれ強い個性を持っていまして、それぞれ違う推薦作があったのですが、相手の推薦作もいいなと思えた、非常に充実した選考会でした。20年というと僕の演劇人生の半分近くを、大阪の若い劇作家の作品を読んできたことになります。そのなかで、たまたま魔がさしたと言いますか、自分でもよくわからないきっかけで、この作品を演出したいという衝動に駆られました。そして、とんとん拍子で話が進み、今回の機会を得られたことを、僕自身もとても嬉しく思っています。
今、林君の話を聞いていて思い出したのですが、昔、僕も千田是也さんから「マコトは物語が書けないからなあ」と言われたんですよ(笑)。僕は1970年に大阪に初めて来て、そのあとも、「京都の紅テント、大阪の黒テント」と言われるぐらい大阪では動員力を持っていましたが、ずっと「わからない」と言われ続けたんですよね。それでも50年間ぐらい活動は続けることができた。だから今でも、若い劇作家に「“わからない”と言われても50年間は芝居ができる。“わかった”と言われる芝居は、『わかった、面白かった』で終わって、すぐに忘れられちゃうぞ」と言っています(笑)。■『タイムズ』の演出について
林:今回も原和代さんに振付をお願いしました。原さんとは『サブウェイ』の初演から一緒に作業をしています。振付といっても、芝居をする俳優の所作を確認したり、戯曲の言葉から想起される身体の動きをつくったりすることが主です。だから、極東退屈道場では、演出家の意向に沿って振付家がダンスシーンを創るのではなく、原さんと僕が共同で演出するような体制で作品づくりをしています。信さんに、今回の演出方針として振付をどう扱うか相談したところ、「極東退屈道場が原さんといつもやっている作業を今回もしたい」とおっしゃってくださったので、この座組になりました。※注1…第2回シアターコクーン戯曲賞受賞作『零れる果実』(1996年)を、Bunkamuraシアターコクーンにて、佐藤信と蜷川幸雄のWバーションの演出で上演した企画。
※注2…扇町ミュージアムスクエアのプロデュースによって、OMS戯曲賞受賞作品を新たな演出家と俳優で上演する劇場主催企画。第1回(1995年)〜第7回(2002年)まで7本の作品が上演された。演出には、竹内銃一郎、北村想、生田萬といった選考委員が起用されることも多く、東西問わず、新人からベテランまでの俳優やスタッフが集結した舞台は、毎回話題を呼んだ。