「アイフェス」の名で親しまれている、伊丹市内の中学・高校演劇部による演劇フェスティバルが、今年もまもなく幕を開けます。 長年、高校演劇に携わり、2012年には兵庫県立伊丹西高校を“伊丹勢”初の全国大会に導いた五ノ井幹也先生に、アイホール・ディレクター岩崎正裕がお話をうかがいました。


■伊丹の中学・高校演劇について
岩崎: 今年は少しタイトルが変わりましたが、アイホール中学高校演劇フェスティバル、通称「アイフェス」は、1995年の震災のあと、中学生のオフィシャルな演劇大会が無かったことと、また演劇の普及事業に力を入れようということから企画され、翌96年から毎年開催されてきました。
五ノ井先生は教職のかたわら演劇活動を続けられ、また、演劇部の顧問も長年務めていらっしゃいますが、伊丹にはいつ赴任されたのですか?
五ノ井: 2001年の4月からです。それまでは尼崎の高校に勤めていました。 当時から「アイフェス」の噂は耳にしていて、コンクールでは25分の持ち時間をやりくりしてリハーサルするところを、アイフェスでは2〜3時間たっぷり使えるとか、ホールスタッフの手厚い対応を受けられるとか、ホール設備もかなり自由に使える、という話を聞き、ずっと羨ましく思っていたんです。
それと並行して、伊丹の高校演劇の質が上がってきているのも感じていました。派手ではないけれどしっかりした会話劇などを見ると、リアリティの意味が変わってきたというか、エンターテインメントではあるけれども、演劇がアートに生まれ変わる“風”を感じたんです。
決定的だったのは、『空と私のあいだ』(※注1)でした。こんなにすごい演劇を育てているアイホールに行きたい! と思い、伊丹の高校に異動を願い出ました(笑)。
※注1:『空と私のあいだ』… 1997年に『AI・HALL中学高校演劇フェスティバル』の大賞受賞校である県立伊丹西高校への副賞として、 MONOの土田英生が書き下ろしたオリジナル戯曲。その後1999年に、「AI・HALLハイスクール・プロデュース」の第1回公演として、 作者本人の演出で上演。
『空と私のあいだ』(99年) 作・演出/土田英生
岩崎: 実際に伊丹に来てみて、いかがでしたか。
五ノ井: 伊丹の演劇部員は、学校同士でも仲間意識を持っていることと、温和で仲間との協調を大切にするということ、あと、やはりセリフの質が高く会話劇がきちんとできる、という印象がありますね。
岩崎: その背景にあるのは、夏休みに行なっている中学・高校生向けの演劇ワークショップかもしれませんね。講師はみな、関西の小劇場で力をつけている演劇人ばかりですから、そこで伝えられた技術がアイフェスにも活きているのかも知れません。
学校同士の繋がりといえば、アイホール主催の「ハイスクール・プロデュース」(※注2)とか、また、ある時期には、他校と合同公演したこともあったとか?
※注2:AI・HALLハイスクール・プロデュース…出演者を伊丹市内の現役高校生たちから幅広く募り、関西で活躍する演劇人と共に「高校生による現代演劇」を創作する企画。1999年から2006年まで実施、計8本のオリジナル劇を創作。
五ノ井: はい、秋のコンクールが終わった後、冬に公民館やアイホールのカルチャールームで合同公演を行っていました(00〜02年度)。このときは、他校の生徒と一緒に作品をイチから作り上げるので、僕はお客さんとして見に行きました。
 
四校合同公演(03年)
アイホール・カルチャールーム
岩崎: なるほど、コンクールあり、アイフェスあり、合同公演ありと、伊丹の演劇部員は充実した時間を演劇とともに過ごしているんですね。他の地域でそういう経験ができるところは、兵庫県下を見渡しても、ほとんどないんじゃないでしょうか。
五ノ井: そうですね。お互いの学校が、自転車で行き来できるような距離にあるということもあるでしょうし、演劇が熟成しやすい地域性や近さがあるのかもしれませんね。
岩崎: アイフェスのスタッフワークについてはいかがですか?
五ノ井: 噂に聞いていたとおり、手厚いですね。コンクールのリハーサルでは、素舞台の状態から必要な道具を出して、シュートして、打ち込みをして、いくつかのシーンを場当たりして・・・という作業をたった25分で全て終わらせなければなりません。
岩崎: 一般的な演劇のリハーサルでは、考えられない短さですよね。それに比べ、アイフェスでは、本番の半月以上前から技術打合せをし、カルチャールームでの通し稽古をプロのスタッフが見て、キッカケや選曲、照明、演出などについてアドバイスを貰えるんですから、これも他ではなかなか見られない試みでしょう。実際、こうした経験を通して、演劇部の技術面のレベルは上ったと思われますか?
五ノ井: はい、技術的にも良くなっていますし、なおかつ、卒業後も演劇に関わりたいという生徒が現れてきました。やはり、十代の多感な時期に「これはすごい」と思えるものに出会った喜びが、そうしたモチベーションを生むのでしょうね。
岩崎: 卒業生の中には、劇団を立ち上げて活動している子や、演劇を学べる大学や専門学校に進学する子も増えてきていますね。

■作品づくりについて
岩崎: 五ノ井先生は徹底して生徒との共作を貫き、ご自身は潤色の立場にとどまっていらっしゃいますね。
五ノ井: そうですね。舞台に立つのも、裏方をするのも生徒たちですから、台本も自分たちで作らなければ、どちらが主役かわからなくなってしまうので、基本的にはまず生徒に書いてもらって、必要なところを僕が補正していきます。
岩崎: よく毎年、脚本を書ける生徒が出てきますね。
五ノ井: たまに、一人もいない年もありますが、それでも先輩たちが書いているのを見て、下級生も「とんでもないものが出来ても直してもらえるから、とにかくやってみよう」と挑戦する流れができています。何人かの生徒が競作して、その中から一作品を選ぶという恵まれた年もありました。
アイフェスの技術打合せも、アイホールのスタッフの皆さんが「ああしなさい、こうしなさい」と指示するのではなく、まず「何をやりたいの?」と生徒に聞いてくれるところから始まりますし、生徒の意思を尊重するのが“伊丹流”なのかなと思います。
岩崎: アイフェスは「生徒がやりたいことをどうすれば具体化できるか」を突き詰める精神を持っていますよね。
一方で、全国的に見れば、顧問の先生が書いた台本を生徒が咀嚼するというスタイルで成果を上げている学校もあります。審査員としては、生徒創作と顧問創作、作風にしても純文学やエンタメ・・・、全くジャンルの異なる演劇を同じ土俵で評価せねばならないので、非常に難しいと思うのですが。
五ノ井: それについては、僕もこれまでに何度も悔しい思いをしました。しかし、結局のところ、誰も文句が言えないような突き抜けて素晴らしい舞台を創れば、それで良いと思うんです。幕が開いて閉まるまでの60分間、もっとも“突き抜けたもの勝ち”です。
岩崎: 以前、一年に何百本もお芝居をご覧になっている評論家の扇田昭彦さんが、「年間ベスト5のうち、毎年必ず一本は高校演劇作品が入ってくる」と仰っていました。そういうことを考えても、高校演劇は60分でスゴイものを創っていると思いますね。

■高校演劇について
岩崎: 長年、高校演劇に携わってこられて、時代によって、生徒の人となりや作風に変化は見られますか?
五ノ井: 僕自身は、年代や地域が変わっても、人はあまり変わらないと思っているんです。ですから2001年に僕を迎えてくれた演劇部員にも、今のメンバーにも、共通するものがあると思います。
岩崎: 僕も若い頃の自分と、今の十代の子が考えていることはあまり変わらないなと思いました。臆病だし、かと思えば傲慢というか、根拠のない自信があったりして。同じ年代の子たちだけだからこそできる作品というのが確かにあるんだと思います。
五ノ井: 中学・高校時代というのは、自分の背丈がいちばん見えない時期なんですよね。自分に対する過大評価と過小評価を10分おきに繰り返しているような。
岩崎: なるほど。でも、落ち込み方も激しいけれど、伸び率もすごいですよね。入部してきた時には蚊の鳴くような声だった子が、秋には舞台に立っているんですもんね。そんな急激な変化は、大人になってからではまず起こらないでしょう。
五ノ井: そのすごい成長を遂げた先輩たちは、自分ではそれに気づいていないものだから、新入部員の頼りなさに愕然とするんですよね。そして、新入生は先輩たちを見習って頑張るうちに、先輩を超える存在になります。そして、次の下級生が入ってくると、また愕然とし、後輩が見習い・・・ということが繰り返されて、5年くらい経つと、チームの性質が一変しているんです。それまでは、何となく演劇に興味があるだけの個人の集まりだったものが、きちんとしたチームとして機能するようになるんです。そういう体制があると、伝統やスピリットというような、先輩から受け継いできたものが活きてきて、自然と良い作品が生まれやすい環境ができてくるのだと思います。
 
県立伊丹西高校『渦の中の私』
岩崎: 作品の傾向についてはいかがですか?
五ノ井: 個人の問題や、何かに対する反抗というテーマは、今でも普遍的に扱われていますね。一方で、観念的なものは少し減ってきたと思います。不条理やナンセンスはよくわからないので書けないし、あまり興味もないのかもしれない。あとは、物語をなかなか終らせられなくなってきていると思います。パシッと気持ちよくラストを迎える作品が書けないんです。
岩崎: いわゆる「時代の閉塞感」がそうさせるのでしょうか。時代の閉塞についてはもう長らく言われていますが、未だにそうなんですね。

■「プライスレス」な時間
岩崎: 今後、伊丹の中学生・高校生に期待することは何ですか?
五ノ井: いちばん思うのは、豊かな時間をアルバイトに使わないで欲しいということです。確かに携帯電話代とか何かとお金もかかるし、親御さんも大変だから遠慮する気持ちもわかりますが、中学・高校時代の時間は“プライスレス”じゃないですか。その時間を、演劇でなくても良いんですが、無から有を創り上げることに使って欲しい。どうしようもないと思っていたことを何とかやり遂げて有頂天になったり、あるいは、うまくいかなくて落ち込んだり、そういう浮き沈みを、それこそ10分に1回繰り返してもらいたいんです。こうしたことはアルバイトでも経験できるでしょうが、それがお金に還元された瞬間、全く意味が違うものになってしまいますから。お金の問題は決してないがしろにはできませんが、それが原因で大切な仲間と出会えるチャンスを失ってしまうのは切ないですよね。
岩崎: そうですね。生まれて十数年もすると、もう、ゼロから何かを生み出せるチームに出会えるのですから、ぜひこの豊かな時間を、労働ではなく有意義に使って欲しいですね。
(2013年3月10日 アイホールにて)

五ノ井 幹也 (ごのい・みきや)
兵庫県立伊丹西高校演劇部顧問。1964年神戸市生まれ。県立神戸高校演劇部、大阪教育大学を経て、ピッコロ演劇学校1期、研究科1期生。故・秋浜悟史氏と出会う。心に残る教えは「面白くないことはやっちゃいけません」。
1992年、兵庫県立尼崎北高校で演劇部顧問生活を開始。2000年夏、『好色十六歳男』で尼崎北高を全国大会ベスト4に。国立劇場招待公演出場とNHK-BS出演を果たす。
2011年度3月に伊丹西高『渦の中の私』で春季全国大会出場、仙台へ。伊丹西演劇部は現在、兵庫県総合文化祭演劇部門で三年連続最優秀賞の記録更新中。


【AI・HALL自主企画】
ことば文化創作演劇祭『中学高校演劇フェスティバル2013』
3/30(土)9:30、3/31(日)9:30