現代演劇レトロスペクティブ
作品解説
1961年、別役実は鈴木忠志らと共に現在の小劇場演劇の祖となる劇団「早稲田小劇場」を立ち上げ、'67年、『マッチ売りの少女』『赤い鳥の居る風景』で第13回岸田國士戯曲賞を受賞、日本演劇界の新たな潮流、「小劇場運動」の旗手として活躍。
『そよそよ族の叛乱』は、'71年に俳優座に書き下ろされ、日本青年館(新宿)と俳優座劇場(六本木)の都内2カ所で初演された。この頃から、新劇の流れをくむ劇団に戯曲を書き下ろしたり、童話などの執筆にも取り組み始め、翌'72年には早稲田小劇場を退団し、活動の幅を広げる転機を迎えた。

とある静かな「街」の片隅。その街で暮らす大多数の人々がお昼寝をしている時、バス停留所のベンチの上に、女の死体が降ってきた。ことの真相を究明するために捜査を開始した探偵X氏。ところが、いくら調査を進めても手がかり一つ掴めない。近くの科学博物館で鯨の骨の番をする女事務員が助けに入り、女の死因は餓死であることに気が付いた。その矢先、二人の死体処理係が遺体を引き取りに来て、やっと進展した調査は中断せざるを得なくなる。しかし、女事務員は及び腰の探偵X氏をそそのかして、死体を盗んでしまう。死体を抱え、手がかりを求めて夜の街を二人でさまよううちに、やがて、「そよそよ族」の陰謀が街でささやかれはじめる…。

別役実はこの『そよそよ族の叛乱』に代表されるように、論理的でありながら、かつ単純明快な台詞によって寓話性に富んだ世界を構築し、本邦初の「不条理劇作家」としての唯一無二な地位を確立した。
 
作品余話
別役実の評論集『言葉への戦術』には「『そよそよ族の叛乱』創作ノート」と題された文章が収録されている。『そよそよ族~』が発表された当時、氏は自分の書く戯曲にしきりに「“街”を登場させたい」と考えていた。実際は、戯曲より童話の方で顕著にその兆候は表れていた(『童話・そよそよ族伝説全3巻』(三一書房))が、氏が思い描く「街」の中心的イメージは、「砂漠や海に囲まれてひっそりと存在している」のであり、『そよそよ族の叛乱』はそのような“街”で身を寄せ合って暮らしていた人々を想起して、執筆された。

この作品を書くにあたって「先ず最初に必要とした」作業は“資料”の作成だったという。この“資料”は「そよそよ族」の生態について書かれた研究レポート“のようなもの”であり、いかにも実証的根拠がありそうな内容で4ページにわたって詳細に記されている。しかし、これは全て劇作家自身のあくまで想像によって書かれたものであり、一切事実には基づかない架空の“学術資料”である。創作ノートの中で、作品構成や作劇過程についても言及してはいるが、「資料があり、資料と作業の関係が確立され、作業の形式が決定して、この戯曲を完成した」とある通り、この「資料」を重要視して、それを基に、『そよそよ族の叛乱』の全体像を形づくっていたことがわかる。

戯曲の基礎となる「資料」を微細に設定していることで、物語はたいへん抽象的な内容であるにもかかわらず、違和感なく組み立てられた。
別役実が「不条理劇作家」のイメージとは裏腹に “論理的”かつユニークな思考で戯曲を執筆していた象徴的なエピソードである。

ちなみに、本作で栗原小巻(俳優座)が女事務員役で第6回紀伊國屋演劇賞個人賞を受賞。新劇と小劇場演劇の流れが一つになり、成果を残した作品と言える。
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初演時のチラシ
ほぼ正方形の寸法。裏面には、日本列島の大都市に「そよそよ族」が発生増殖中! として、別役実の自著による「そよそよ族的兆候」の氾濫しているさまを、あたかも事実のように展開している。『虫づくし』など後の『づくし』シリーズを彷彿とさせる文章。
パンフレット
こちらは初演時のパンフレットの表紙と目次。現存する資料が僅少のため、カラーコピーとPDFファイルでご提供いただきました。
別役実のコメント
「街との対話」と題された作者本人によるコメント。当時、興味を持っていた「街」についての自論を展開。
寄稿コメント
近世演劇研究者の今尾哲也、演劇評論家の渡辺保、詩人の白石かずこからの寄稿。それぞれ、別役実の作風、寓話性、『そよそよ族の叛乱』について語っている。
豪華出演者たち
初演時の探偵X氏は、伝説的人気時代劇『水戸黄門』の初代黄門様、東野英治郎。女事務員は栗原小巻、死体処理係には名脇役の河原崎次郎という、今では考えられない豪華さ。
ポストパフォーマンストーク?
「舞台と客席の会話 『そよそよ族の叛乱』をめぐって」と題された広告。7月18日のマチネが終演した後にスタッフ・キャストが揃って出席し、観客と共に会話をするという催しの案内。今ではスタンダードとなった本編上演後に催されるトークイベントの先駆けではないだろうか。
あらすじ
1P丸々使って書かれたあらすじ。いわゆるネタバレな部分を巧みにかわし、物語の細部まで丁寧に書かれている。
スタッフ
スタッフクレジット。概ね劇団内で人員を賄っていたと見受けられる。舞台監督助手に現在俳優として活躍する阿藤海(現:阿藤快)の名前もある。
過去の別役実作品の舞台写真①
パンフレット内には過去の別役実作品の写真が掲載。『AとBと一人の女』(左)と、『アイ・アム・アリス』(右)
過去の別役実作品の舞台写真②
こちらは『スパイものがたり』(左)、『マッチ売りの少女』(右)。
過去の別役実作品の舞台写真③
『街と飛行船』(左)、『象』(右)。別役実は1970年に「『街と飛行船』と『不思議の国のアリス』その他の脚本」で第5回紀伊国屋演劇賞の個人賞を受賞している。
以上、敬称略。