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平成30年度演劇ラボラトリー 空晴プロジェクト公演
岡部尚子インタビュー

アイホール自主企画として、昨年5月に開講した演劇実践講座「演劇ラボラトリー 空晴プロジェクト」。1年間の集大成として、2月23日・24日に『君をおくる君におくる』を上演します。作・演出を手がける岡部尚子さんに今回の作品について、当館ディレクターの岩崎正裕がお話を伺いました。


■母と子を二つの話で描く『君をおくる君におくる』

岩崎:演劇ラボラトリーは、アイホールが実施している一般を対象にした演劇実践講座です。2016年からは「空晴プロジェクト」として、岡部尚子さんに関わっていただいています。3年目の今年はいかがでしたか。
岡部:参加者は、2年・3年連続の人がいたり、1年目の人が再び参加したりしているので知った顔は半分ぐらいいます。今年も20代~70代までの年齢層の人が参加しているんですが、1年目から2年目より、2年目から3年目のほうが雰囲気がガラッと変わった印象があります。男性がかなり少なくなって、お母さま・奥さま世代の40歳以上の女性がいつになく多かったからでしょうかね。
岩崎:ということは、女性目線の作品になるということですね。
岡部:1年目は男子寮の話のなかに出産や育児をテーマにした女性の視点を入れましたし、2年目は親戚の集まりの話ですが女系家系の設定でした。ただ今年は、出産や結婚だけでなく、母と子についてもスポットを当てているので、その傾向はより強くなるかと思います。
岩崎:世代の幅があるから、親子の設定が成り立つんだね。タイトルは『君をおくる君におくる』ですが、今回も、もととなる作品があるのですか。
岡部:2015年に劇団キャラメルボックスのハーフタイムシアターに書き下ろした『君をおくる』という作品です。キャラメルボックスでは、上演時間1時間の作品の二本立て公演を企画されていて、その枠で、マンションの一室で起こる7人の登場人物の物語を書いてほしいという依頼がありました。出演者も依頼された時点で決まっていて、その役者さんたちにあてがきしました。今回は、その作品をもとに少し膨らませてラボ用として書き直しています。ラボラトリー1年目・2年目の公演は空晴で発表した作品をもとにしていましたが、『君をおくる』は外部の劇団に書いた作品だったので、より女性の視点が強くなっているかもしれません。そして「君におくる」という新たな話も加えることにしました。
岩崎:どういうお話なのでしょう。
岡部:『君をおくる』は、マンションに引っ越してきたヒロインが、なぜこの部屋に越してきたのかという話から始まります。旦那さんと悲しいお別れをしてきたであろうことが、彼女を手伝いに来た人との会話から垣間見えてくるのですが、そのうち、「頼まれたから手伝いに来た」と言っていた人が実は頼まれていないと判ったり、引越屋さんだと思っていた人がそうじゃないらしいとなったりと、じゃあ「お前は誰なんだ」という、私がよく描く勘違いのドタバタが繰り広げられます。そこに部屋を間違えてきた“お母さん”がやってくることで、“お母さん”自身の経験から、女性としてこの「別れ」はどうなのかということに立ち返っていきます。ヒロインが引っ越してきた本当の理由が徐々に明かされていくあたりから、お話が動き出すのが『君をおくる』という作品です。
 ただ、今回の公演にあたり、ヒロインをわざと不在にしました。実際に登場するのはその友達で、彼女の想いを代弁するかたちをとることで、ヒロインに自分で語らせないようにしました。空晴同様、ラボラトリーでも、主役を立てない群像劇をつくってきましたので、今回もそうしたかったんです。もちろん、新たな登場人物も出てきます。また、マンションの別の部屋で、部屋を片づけようとしているお母さまたちの話として「君におくる」という新たな話を加え、二つの部屋の話が同時進行するという―演劇にはよくある手法ではありますが―私にとっては珍しい構成にしました。
岩崎:セットはひとつで、違う部屋になるんですか。
岡部:二つに見えるような、ひとつに見えるような造りにしてほしいとオーダーしました。今までの二作品は、男子寮の炬燵のある共有スペースや、親戚が集まる旧家の大広間で押入れや襖があってみたいな、かなり具象に寄った美術だったのですが、今回は空晴にはまずない、抽象的なものをお願いしました。
岩崎:この美術家(西本卓也)は具象と抽象、両方できるからね。
岡部:結果、めちゃめちゃ面白いです。出来上がってきたプランをみて、じゃあこうしよう、ああしようとアイディアが出てくる。演出をつけていて面白い。でもだからこそ、すごく難しい(笑)。役者もまだ、自分は今どこに立ってんねんみたいなことになっています。今回も舞台を三面にして客席をL字型にしますし…本当にチャレンジさせてもらってます。

 

■『隅田川』からのインスピレーション

岩崎:今回、能の作品もベースにあると聞いたんですが…。
岡部:『隅田川』という演目です。私、これを観て、めちゃめちゃ感銘を受けてしまったんです。お能なので話はとても単純です。人さらいにさらわれた息子を狂女となって探しにきた母親が、一年かけてようやくたどり着いた隅田川で、向こう岸で念仏を唱えている人たちを見つけます。「あの人たちは何ですか」と渡し守に尋ねたら「一年前の今日、亡くなった子どもがいてね」と語り始め、その話が自分の子どもだと確信します。向こう岸に渡ると“塚”があって、母親はここに息子が眠っている、掘り起こしたいと言うのですが、念仏を唱えることで成仏させてあげなさいと言われ、念仏を唱えるんです。すると、“塚”から子どもの声が聞こえてくるという…。
岩崎:ああ! 能には必ず、死者との対話がありますね。
岡部:はい。私がお能に惹かれたところはそこなんです。もちろん、そうじゃない演目もありますが、多くは死者が出てきて「弔ってほしい」という思いを語ることが多いです。『隅田川』では、子方(子ども)を使って、本当に子どもの声が聞こえてきますし、実際に登場する。そして、その子どもを母親が抱きしめようとするけど、すれ違ってしまうという演出があります。『隅田川』の作者は世阿弥の息子の観世元雅なんですが、実は670年前、世阿弥と元雅はその子方を出すか出さないかで意見が対立したそうです。幽霊だから出す必要はないという世阿弥に対し、元雅は子方を出さなければ上演できないと強く反論したそうです。この演出方法の議論って、現代演劇で今もされていることですよね、そのことにまずびっくりしたんです。
岩崎:『風姿花伝』を読むと、世阿弥が言っていることは、今の現代演劇にほとんど通じているでしょ。
岡部:そうなんですよ! 私は解説付きの能を観て知ったのですが、その解説を聞いて高ぶってしまって(笑)。なんじゃこれ、と衝撃を受けてしまったんです!
 『君をおくる』のベースにあるのは「間に合ったのか、間に合わなかったのか」ということです。ヒロインの女性が旦那と悲しい別れをして、一人で引っ越してきたけど、本当にそれでよかったのかという話ですが、実際、自分が誰かに対してこうしても良かったのかもと気づいたとき、その相手はもういないということがあります。けど、次に同じような状況になったとき、自分を改めることができたり、違うことを考えることができたら、それは間に合ったんじゃないかということにしたいんです、私は。だから、亡くなったらそれで終わりじゃなくて、その人に教えられることがまだある。こちらからの声は届かないけど、亡くなった人からの声は届くみたいな思いが私の中にはすごくあって。それが『隅田川』を観たときにすごく通じるものがあったんです。『隅田川』では、渡し守が「子供の声が聞こえた」と言うんです。それは「本当に聞こえた」ともとれるし、「聞えたということにしてあげる」ともとれる…。このラボラトリーでは、私がいつも空晴で大事にしていることをベースに新しいことに挑戦しているのですが、今回はどうしてもこの要素を加えたいと思い、それを「君におくる」の部分で取り入れました。

 

■能の表現方法を取り入れて

岩崎:今回、能楽師の人にも来ていただいたんですよね。
岡部:講座の前半に特別講座として来ていただきました。『隅田川』を今回の作品に関わらせるかもしれなかったので。ただ、『隅田川』の解説ではなく、「お能とは」から始まって、世阿弥の言葉について―例えば「初心忘るべからず」といった普段使っている言葉の由来―や、世阿弥の芝居論が今にも通じていること、そしてお能の「見せ方」を教えていただきました。見せ方でいうと私は“足し算”をすることが多いので、お能の極限まで“引き算”にする見せ方は面白かったです。たったそれだけの動きでそんなにたくさんのことを表現しているなんて、あらすじを知らないとわからないことがお能には多々あります。能がわからないという言われる所以かもしれないのですが、知るとそこが面白かったりもします。そういうところを教えていただきました。今回、『隅田川』に影響されて書いたところもあるので、やっぱり、ラストの動きや一部の所作にお能の要素を取り入れたくなりまして。もちろん、お能をそのままするつもりはありません。ただ、こういう表現をしたいとき、お能ではどうするのか、型をそのままするのではなく例えばこういうことができますよとアドバイザーとして教えていただいたことを、少し取り入れています。
岩崎:相通ずるものがあったんですね。
岡部:もともと私がベースにしたい部分もありましたし。なにより、私の普段の作品では、どうしてもサービス精神が旺盛になってしまってアピールしなくちゃ、となるんですけど、そこを削っていく作業を手伝っていただいたという感じですね。
岩崎:「秘すれば花」ですね。秘訣は隠しとけと世阿弥が言った(笑)。
岡部:そして、隠していることも隠しとけと(笑)。
岩崎:そうそう(笑)。
岡部:お能は知れば知るほど面白いです。年々、お能を観る回数が増えてきて、私がなぜお能を好きになったかに立ち返ったときに、あっ、死者との対話だと。
岩崎:作品づくりと繋がったんだね、出会いやね。
岡部:本当に。だから今回、是非、『隅田川』の要素を取り入れたいと思いました。ただ、死者との対話に対しても、年月の経っていないものはやめようと思った時期があって、少し時間が経っている設定に変えました。生きていくための理由付けかもしれませんが、向こう(死者)からは何もないし、してあげられることもないかもしれないけど、生きている私たちが納得するためにやっていくことを、お能から学んだと思うので、それを作品に反映させたいと思っています。
岩崎:今の岡部さん自身と、深く関わりのある作品になっていると言えるんですね。
岡部:結果、そうなってしまいましたね。もちろん、いつも身近なことを題材にしているんですけど、より、そうなってしまいました。
岩崎:こうした試みがこのラボラトリーでできるのはいいことですね。空晴ではあるクオリティを出さないといけないけど、ここでは思い切ったこともできる。
岡部:ラボ生の手を借りてできていることも多いです。年代も幅広いし、私たちがやるより、オブラートに包める部分もあるし、反対に直接響く部分もある。本当にこのラボで3年目があって、この作品がこのタイミングでできることに、私自身が簡単には言葉にできない思いがありますね。

 

■3年間の集大成として

岡部:このラボラトリーで、自分の昔の戯曲をアイホール用に書き直すということを3回やらせてもらいました。今まで、自分の作品を再演することも無かったし、ここまで書き直すことも無かったので、めちゃめちゃチャレンジしていると思います。1年目は劇場空間や舞台の使い方、オープニング・エンディングを入れるという工夫をしましたし、2年目は三場構成にして時間軸を飛ばすことに挑戦しました。そして3年目の今回は、二つの同時進行のお話を抽象的なセットでやるという。手前みそですけど、自分のなかでも、ステップアップをしている感じがして、集大成だと思っています。
岩崎:自分の書いた作品を、再発見するみたいなことですよね。
岡部:ほんまそうです。よう、こんなん書いたなと思う部分もあれば、そこにプラスアルファしていくことで、より濃くしていくという作業がすごく良かったです。
岩崎:そうか、三年間の集大成。
岡部:だからこそ、ちょっと難しいです。抽象的な舞台美術もですし、お話がひとつじゃないので、みんなの戸惑いもある。でも、年々難しくなっていくのは当たり前ですよね、私の課題も増えていくから、みんなに与える課題もおのずと増えていく。今回、初舞台の人もいるんですけど。
岩崎:ええじゃないですか。岡部さんの舞台は、基本的にはわかりやすいものが多いから、抽象性の高い空間でどうみえるか、すごく楽しみですよ。
岡部:お話がわかるかなという不安もありますが…。
岩崎:いいねえ、その演劇的な不安。
岡部:いつもなら絶対わかると思えることが、二つの話を同時進行することでわからなくなるんじゃないか。こっちの話を忘れるんじゃないかとか、どこまでどうなっているか覚えてくれているかとか。こういう構造のお芝居は今までもあるから大丈夫と思うのですが、台詞のリズムや発し方などはやっぱりプロの俳優ではないので…。でもなんとかして、お客様にわかってもらいたいし、見せていきたい。
岩崎:最後まで粘ってくださいね。
岡部:もちろん。先日、初めて最初から最後までの「通し稽古」をしました。ボロボロの部分は多々あるんですけど、なんとか通った。一度、通したことで見えてくるものもあると思うので、これからの役者たちに期待して、頑張ります。

2019年2月 アイホールにて

■公演情報
平成30年度 演劇ラボラトリー 空晴プロジェクト公演
『君をおくる君におくる』
作・演出/岡部尚子
平成31年
2月23日(土)19:00
2月24日(日)12:00/16:00
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