アイホール・アーカイブス

よくある質問

折込情報

Twitter

極東退屈道場『百式サクセション』 林慎一郎インタビュー

AI・HALL共催公演として2016年10月28日(金)~30日(日)に、極東退屈道場『百式サクセション』の上演を行います。作・演出の林慎一郎さんに、アイホールディレクターの岩崎正裕がお話を伺いました。

kyokuto28_1

 

■新作『百式サクセション』について

岩崎:今回は新作『百式サクセション』を上演いただきますが、新作は何年ぶりですか?

林:前回の『ガベコレ―garbage collection』という作品が、2014年12月から2015年1月にかけて上演したので、極東退屈道場名義で作・演出をするのは、約一年半ぶりです。

岩崎:あいだに、佐藤信さん演出での上演が挟まっているんですよね。

林:そうですね。極東退屈道場名義で、佐藤信さん演出で『タイムズ』を再演したのと、それから別の企画で、松本雄吉さん(維新派)演出で『PORTAL』、あとひとつ、山本能楽堂で『紡ぎ歌』という、能と合同の作品を上演しました。

岩崎:今回は、どういう作品でしょう。

林慎一郎
林慎一郎(極東退屈道場)

林:タイトルの『百式サクセション』なんですが…「百式」というのは百円玉の「百」、「サクセション」というのは「相続」という意味合いです。今回、シェイクスピアの『リア王』を題材にしました。この作品を現代に置き換えてみよう、というのがありました。そこで、『リア王』の中に出てくる有名な荒野の場面を現代に起こすにあたって、大阪の天王寺公園にあった「青空カラオケ」を舞台に選びました。12年前に大阪市の行政代執行で撤去されるまでは、「青空カラオケ」は天王寺公園に存在していたんですけど、その場所を現代の荒野に見立てようと。お話としては、その「青空カラオケ」に集う、労働者なのか老人たちなのか…どこに所属しているのかわからない人たちの中にひとりの老婆がいて、彼女が一曲百円のカラオケを、百円玉を握りしめて歌いたがっている。で、その老婆が歌うたびに、彼女の妄想なのか、耄碌した記憶なのか、が再現されていく。その老婆は、自分には莫大な財産があるとうそぶいているんですけど、その財産を相続すべき孫がいるんだということを彼女はずっと語っていて、妄想が繰り広げられていく…そういう作品です。

岩崎:林さんの手つきで言えば、シェイクスピアの「引用」ってものはないんだよね?

林:そうですね、ないです。だから観た人が、「これは『リア王』をベースにしている」ということは、そこまで直接感じないんじゃないかなあ。

岩崎:なるほど。この作品の場合は、財産を持っていて孫が…というところが『リア王』と重なっている、という仕掛けになっているわけですね。これは、どうして舞台が「青空カラオケ」か、というのは、やっぱり『リア王』からの発想?

林:そうです。『リア王』にはいろんな主題があると思うんですけど、やっぱり「相続」と「高齢者問題」というものがあると思っていて、「青空カラオケ」にそういうものを重ねると面白いなと。自分で稼いだお金を握りしめて、自分の思い出を語っていくという場面であったり、それから12年前に天王寺公園という自分たちの場所を追われてしまったという歴史だったり、そのあと別の人たちがそこへやってきて、また別の使われ方をしたり…。あの界隈は再開発をされているので、周りで暮らす人や使う人のために、ある種どんどん変容している。リア王も、自分の国を娘たちに全部やるというところから始まって、裏切られて荒野に彷徨い出て叫ぶしかない状況になるという…そんなところが青空カラオケの、マイクでがなっているあの風景と重なると面白いかなあという発想ですね。

 

 

■天王寺と青空カラオケ

岩崎:年齢的に考えると、林さんは「青空カラオケ」を直接目撃しているってことはないよね?

林:僕、実は目撃してるんですよ(笑)。僕は’95年に大学入学のために函館からこっちに来てるんですね。関西に来る直前に関西国際空港というのが出来まして、海外に飛ぶ飛行機は全部関空だ、っていうことで、北海道もご多分に漏れず海外扱いされまして(笑)。それで、受験だの、親が来るだの何だのっていうのは、必ず関空に来て、そこからJRで京都に行くんです。ただ、JRには「はるか」という特急があるんですけど、料金が高いので当然乗れないわけです(笑)。だから、天王寺まで出て、環状線に乗って京橋から京阪電車、というルートで京都までずっと通うんですけど、それで天王寺はよく立ち寄りました。95年当時の天王寺というのは、アジアな感じというか猥雑な感じがまだ残っていました。で、天王寺で降りたときに、匂いというか雰囲気というか、「何なんだこれは」と(笑)。明らかに近寄りがたいところもあれば、天王寺公園のほうに「青空カラオケ」があったり。そして、それを普通に受容して歩いている大阪の人たちもいる。そんなちょっと際どい雰囲気があって、やっぱり惹かれるところがありました。ウロウロしてみると、知識では知っていたんですけど、わからなかった地図感覚が繋がるわけじゃないですか。

岩崎:この坂を下りるとこういう街なんだ、っていうね。飛田があったりとか、古い商店街が残ってたりとか、ジャンジャン横丁とかね。

林:ホームレスの人たちが寝そべってるようなね(笑)。こういうのがアリな街なんだ、みたいなところがひとつ衝撃がありました。

岩崎:函館には、こういう言葉はダメなんだけど、“スラム化”しているようなところはないの?

林:ないですね。野宿出来るような環境というのが相当厳しいので、冬を越せないと思います。

岩崎正裕
岩崎正裕

岩崎:長野県の上田市で聞いたのは、「ホームレスの北限」というのがあって、長野ではホームレスは生きることが出来ない。だから逆に、劇場のロビーを開放してても、そういう方たちが暖を取るために訪れたりしないから、かなり開放的に出来る、というようなことを言っていて。あと、大阪をほかの街の人が見ると近未来都市に見えるという感覚があるんだよね。北九州の劇作家・泊篤志さんが、天満の屋台でおでんを食べていたときに、古い昭和のレトロな街並みの向こうにドーンって建ってるマンションを見て、「『ブレードランナー』だ!」って叫んだという…(笑)。でもそういうことを考えると、こういう土着性の強い、泥臭い題材って、今まで扱ってこなかったのではないですか?

林:そうですね。元々、都市の機構とか計画であったりとか、表層的なところと都市住民の関係みたいなところを題材にしてきたので、こういうアプローチは初めてかなと思うんです。とはいえ、「青空カラオケ」の顛末をドキュメンタリー的に描くという方法では戯曲はつくっていないので、結局はいつもの手触りに落ち着くのかなあ、という気はします。

岩崎:そうすると当然、場所は「青空カラオケ」という設定があるわけで、演出的にもその場所が舞台に厳然と現れる?

林:架空の公園なのか妄想の公園なのか…そういったところにマイクが立った舞台が設えてある、という空間になりますね。

岩崎:言葉は?

林:標準語です。僕はネイティブではないので劇の言葉として関西弁は選べないというのはありますが。

岩崎:もう、その時点で架空の「青空カラオケ」になってるってことだね。つまり、関西の言葉で「青空カラオケ」をすると、もっと土着性の強いものになっちゃうし、その選択は“林慎一郎”のタッチとしては正しいのかもしれないね。

 

 

■今まで培ってきたもので…

岩崎:ちなみに、毎回、極東退屈道場では、ダンサーの原和代さんとのコラボレーションがありますけど、これは今回もですよね? どんなアプローチになるんですか?

林:原さんとの作業というのは、「これだ」という方法を見つけるためにやるというよりは、ずっと更新してきている感じがあります。今までは、ダンスの役割、戯曲の役割、というのが決まっていたようなところがあったんですけど、そのあたりがもう少し互いに浸透しながらつくる方向をさぐっていますね。それから、僕らが上演するにおいてはどうしても、より演劇を多く見ている観客が多いですし、当然、踊る身体も、ダンサーというより俳優をメインのフィールドにしている人たちが多いので、その身体をどう見せようかというところに、もっと気を使う段階に今回は入ってきてるんじゃないかな。

岩崎:その俳優の身体ということで言うと、お馴染みのメンバーも勿論出演されているわけですけど、今回は意外と今までのメンバーと違う方がご出演ですが…これは何か意図があったんですか?

林:今回は作品自体の構想が、女性一人(老婆役)と、残りは男たち、というところで書き始めたので。いつもは男4、女5などのバランスで考えるんですけど、今回はちょっと特別なアプローチだったと思います。

岩崎:生田朗子さんとは今までご一緒されたことは?

news_header_100shiki_shugou林:生田さんとは何度かやったことがあります。いちばん最初は、清流劇場の田中孝弥さんが日本演出者協会の近代戯曲リーディング公演に僕を呼んでくれたことがあって、そこで村山知義さんの『スカートをはいたネロ』(1927年)をやったときに、出演してもらいました。そこでご縁が出来たので、アイホールの伊丹想流私塾マスターコースのリーディング公演にも出てもらいました。これに田口翼くん、加藤智之くんも出ているので、この三人はそこで知り合っています。evkkの土本ひろきさんは、小笠原くんがevkkによく出演しているので、直接作品に出てもらったことはないんですけどこの作品に合うんじゃないかなあと思って。

岩崎:今まで培ってきた人脈の中で、「この作品だったらこの人」というチョイスになってるってことですね。生田さんは劇団五期会のご出身でいらっしゃるから、林慎一郎文体の掴まえ方では新たな発見があったりするのかしら。

林:僕の戯曲は、長いモノローグを多用しているのですが、生田さんは長大な台詞を吐くにあたっての強度を持った身体があるなと。台詞を言うことに対して、リズムというか音というか、そういうことにこだわって吐いていて、さらに解釈にとらわれないしなやかな感覚があるとおもいます。今回みたいに、女性がひとり、という作品にぴったりかなあと思います。

岩崎:関西の新劇の女優さんたちによる「大阪女優の会」という団体で、僕も演出をさせてもらう機会があるんですが、やっぱり台詞が上手いんだよね。それは確実に思います。そう考えると、いわゆる小劇場出身の同世代の人たちが、いかに言葉ではないもので勝負しているか、というところもあるんだけど。生田さんは両方ある人だもんね、ハートもあるし。

林:台詞を覚えるのも早いですねえ。やっぱりそうやって鍛えられているんでしょうねえ。

岩崎:演出的にはどうですか?

kyokuto28_3林:やっぱり他の演出家さんに付いて学ばせてもらったことを、かなり活かさせてもらっているなあ、という感覚があります。例えば、岩崎さんとアイホールとの共同製作で四年、演出助手として付いたところから始まり、他の演出家さんが作業しているところに最初から最後まで共にさせてもらうという経験が、同じ作・演出をしている立場の他の人より多いんじゃないかと思うんですね。特に自作品を演出してもらった経験が。内藤裕敬さん(南河内万歳一座)に一本つくってもらって、つづいて佐藤信さん、さらに松本雄吉さんと…。演出って、稽古場を一日見に行ったくらいではわかるようなものじゃないと思うんですが、この四人の演出を最初から最後まで体験させてもらって、これだけのカードがあったら、林の演出なんていらないんじゃねえかなって思うくらいの(笑)、これだけあったら何とかなる、くらいの貴重な経験をしたなあというのは、今つくりながら感じています。

岩崎:戯曲自体もそうだけど、僕らの時代の言葉で言うと「コラージュ」、林さんの言葉で言うと「レイヤー」(笑)、それは演出的にも使えるってことだよね。これまで経験した演出のスタイルみたいなものを、縦横無尽に使い分けながら構成が出来る。そういうことを学んだ、と言えるかもしれないね。あと、とりたてて今回、特別なことはありますか?

林:自分の生まれ故郷である函館で上演する、というのが今回大きいです。

岩崎:今までも函館には何本か持って行ってるんですか?

林:函館は初めてです。毎年行っていたのは札幌ばっかりですね。

岩崎:北海道の演劇状況はどうなのかな? 関西の観客と違った受け取り方みたいなのがあったりするの?

林:演劇状況は、札幌に集中しているところがありますね。大学も多いので、学生劇団もありますし。札幌で上演したときには、非常に面白がってくれるというか受け入れてくれていて、毎年たのしみにしてくれている感じもあります。そこで知り合った人の縁で、今回函館で上演することになったんです。まあ函館と言っても、札幌―函館間で300km以上あるんですが。

岩崎:そんなにあるんだ!?

林:大阪から静岡くらいまでいける(笑)。

岩崎:全然わかんない(笑)。例えば北海道を日本だとすると、札幌は東京だよね。函館というのは第二の都市って感覚なの?

林:二番目か三番目ってところですね。

岩崎:福岡とかそんなイメージになるのかな。函館は昔で言うと、北海道の玄関口なわけでしょ? そんな大きい街ではない?

林:札幌からぐっと小さくなるイメージですね。人口で言ったら、札幌は二百万近くて、函館は三十万弱。

岩崎:へえ~そんなもんなんだ。三十万都市だと、そんな大きい演劇状況があるとは思えないねえ。

林:そうですね。でも、今回公演する金森ホールというのは、如月小春さんが愛したホールで、毎年のように行っていたみたいです。

岩崎:やっぱりまだ、脈々とつながっているものがあるんだねえ。では函館公演も期待しつつ…。稽古は順調ですか?

林:はい、まあ新作なので不安がいっぱいなところはあるんですが、通し稽古を済ませて、最後のつくりこみの段階です。台詞が入り、俳優が楽しんでやりだしている感じがあるので、それがそのままエネルギーになっていけばいいなと思います。

岩崎:いい舞台に仕上がるのを期待しています。

2016年10月7日(金)
 於 アイホール


 

 

【共催公演】
極東退屈道場『百式サクセション』

平成28年
10月28日(金)19:30
10月29日(土)14:00/18:00
10月30日(日)14:00
詳細はコチラ