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2022年度次世代応援企画break a leg 努力クラブ稽古場レポート

次世代応援企画break a legの連動企画として、本企画の選考委員でもある三田村啓示さんが、今回選出された努力クラブとプロトテアトルそれぞれの稽古場を訪ねた様子をレポートとしてお届けいたします。第一弾は、6月4日・5日上演の努力クラブ『誰かが想うよりも私は』です。

 

5月12日(木)19時より10分ほど前、稽古場の京都芸術センター・制作室12に足を踏み入れると、ぐるっと四角に組まれた長机に作・演出家、俳優陣が座り、すでに完成したという台本の恐らく一部の読み合わせが終わった直後の様子だった。惜しい、もう少しだったのに…と私は思った。努力クラブの稽古場はたわいもないであろう日常に関しての雑談から始まることが多い。しかし、たわいもない雑談と作家・合田団地氏の台本および努力クラブの稽古はシームレスであり、ゆえに雑談は努力クラブの劇のための体づくりの一環である。そして、雑談の尊さこそが努力クラブの劇世界の魅力に結果的になりえているのではないかと、この約2年を経て、私はより感じるようになったのは確かである。

 

稽古場の隅っこに位置取った私のそばでは、稽古の2回に1回は稽古場にいるらしいという美術家の松本氏と照明家の渡辺氏が、木で作られた舞台美術の模型をもとに軽く打ち合わせ中。19時からの初の立ち稽古の前に、私も松本氏と舞台美術の模型をネタに少し話す。ついつい、舞台模型を私の脳内アイホールに当てはめてみる、そして俳優たちを置いてみる…なるほど、今までの努力クラブ作品ではこんな画は存在しえなかったのではないか、これもアイホールという高さのある空間あってのプランに違いない、と楽しみになってくる。そうこうしているうちにこれから立ち稽古とのこと。どうやら台本が完成して以降も、細かなことばのニュアンスを調整するような座学での読み合わせ稽古がずっと続いていたらしい(まるで『ドライブ・マイ・カー』の濱口竜介のメソッドみたいじゃないか! と思ったのだが、制作の築地氏いわくそのことを本人は知らなかったらしい)。

 

机を移動させ、おもむろに始まる立ち稽古。舞台美術案はすでにほぼ決まりのようだが、

「まだ立ち位置とか全然決めていない」

「いったん二人で並んで向かい合ってもらって…平行でも大丈夫です」

と合田氏。

さて本作は、「恋を成就させるために手段を問わず行動する”すぐに好きな人ができる女の子”」を中心とした話である。キャストは全9名だが、基本的に二人芝居の連鎖で進行していく形式の模様。台本冒頭から、主人公の女の子と彼女に告白する男の子のシーン、主人公とその友人の女の子のシーン、主人公と今の彼氏のシーン…という風に二人芝居の断片が続いていく。シーンのたびに合田氏からは、なるべくじっとしてみてほしい・大きく動いてみてほしい・正対してみてほしい・半身になってみてほしいなど、主に俳優の体の状態に対するオーダーが飛び、俳優もそれに応える形で進行。

 

数シーン流したところで合田氏からは笑みとともに、

 

「やろうとしていることはもうできているんですよー、二人でしゃべっていてあまり動きもない、こういう感じのを、場所を変えて連続してやっていきたい」

「まだ固まっていなくて申し訳ないんですが…ここで向き直ってくださいとか、ここで力を入れてくださいとか、ここで距離をつめたり逃げたり…みたいな細かなことを本当は言いたいんですがまだ今日は言えないんです、考えてきてなくてごめんなさい、考えてこないと出来なかったです」

 

とは言うものの、

 

「普通の気持ちいい距離感よりは、ちょっと(距離を)つめる方がいいのかもしれない」

「意外と声量を上げてくれる方がいいかも」

「(観ていて)充実感としてはあるんですがどう伝えたらいいのかわからなくて」

 

などのコメントのあと、作品の方向性がなんとなく見えた! ということでいったん休憩に。遅れて来るキャストの合流後、初めて読みあわせで通しをするとのこと。

そして休憩時間に参考資料として皆に提示されたのは、美術の松本氏から提供されたという、写真家・植田正治の写真集である。

(写真は不勉強なもので)私はこの写真家の作品を恐らく初めて見たわけではなく、どこかで見たような気はする。ただ作品と名前を一致させた状態では初めて見たことになるのだが、なんとも不思議な…砂丘を舞台に人物が配置された、まるでシュルレアリスム絵画のような写真である。俳優陣からも「マグリットみたい」という声が上がる。この写真群のイメージをふまえて合田氏からはさらに、

「二人がずっと正対してやってくださいって言ってるんですけど、正対しないかもしれない」

「(最終的には)体を自然な感じにしないような気がしている」

 

この写真集及び写真家の作品に共通する質感が、本作品のビジュアル・イメージとなるようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

休憩中、模型をもとに合田氏と(主に照明について)スタッフの話し合いがおもむろに始まる。照明について、今回はカラフルにしてほしいという希望に、「あら珍しい(笑)」と渡辺氏。合田氏からは、カラフルといってもビビッドなものではなくドロップのカラフルさが欲しい、あまり暗いイメージにしたくない、照明が劇の進行に必ずしも付き合う必要はない、などなど。

休憩が終わり、稽古再開。

 

「机を片付けてしまったんで、床に座っても立ってもいい、ふらっと歩きながらしゃべってもらっても、寝ていてもいいです」

「声を気持ち大きめに出してみてください」

 

というオーダーのあと、初のキャスト全員そろっての読み合わせ通しが始まった。

 

読み合わせ通し終了。ランタイムは大体105分ほどか。

 

「いや~、おもしろいけどな…(上演時間)130分くらいになりそう…」

 

と合田氏。途端にスタッフ・俳優陣からは驚きの声が漏れる。

 

「いや、聞いてないんですけど!! 130分てそんなの!!」

「途中休憩挟まなきゃ…」

 

続いて合田氏からは読み合わせ通しをふまえて、

 

「シーンごとの空気の変化が極端にある方がおもしろい、メリハリを作りたい」

「確信犯的に会話の中で間を長くとったり、空気を止めたりしたい。小さい声やゆっくりしゃべったりとか…会話が流暢に流れていくと良くなくて、淀みがおもしろい。それを作れるような態度で居たいです」

「『演技』っぽくならないようにしたいです。(俳優が)下手で良いので、って言ってしまうとあれですけど、そっちの方が難しいので…下手に見えてもいいので…いや違う(笑)、下手に見えかねないようなところでいたいですね。その方が、(会話が)スムーズに流れていかないので。スムーズに流れていかないようにしたいです」

 

上演時間が最終的に130分ほどになるのでは、という発言の裏には、今回の読み合わせ通しの特に前半部分、会話がスムーズに流れすぎているという懸念があったようだ。とはいえ、

 

「めっちゃおもしろいっすね。おもしろくなると思います」

 

と、力強い言葉も!

だが、制作担当の劇団員築地氏は上演時間を気にしている。なぜならチラシには上演時間が110分とすでに記載されているからだ。

 

「…130分はいく?」

「わからん、120分内には収めるけど……123……120分って言い切れるとこには収める」

「でも110分って」

「でも僕120分って言いました最初」

「いいえ110分」

「120」

「110」

「120」

「110」

 

上演時間をめぐる合田氏と築地氏の口論が始まった。

 

「まあまあまあまあ、落ちつきましょうや、お二人さん!!」

 

見かねた劇団員・佐々木氏の仲裁の大声が稽古場に響く。

 

「辞めましょうよ!! 大人がみっともない!!」

「飯でも食いに行きましょうや!!」

 

しかし佐々木氏の奮闘むなしく、上演時間を巡っての二人の楽しい口論は終わらない。おもしろい。まるで別作品の上演が始まったかのようだ。

騒然とした雰囲気のまま、稽古場退出時間に。退出し始める俳優陣。稽古はお開きとなった。

 

帰りに合田氏・築地氏と軽く話す。

読みあわせ通しにも関わらずこの作品、私は楽しんだ。(現段階であまり詳しいことは書きにくいのだが)この作品は、ほぼすべての登場人物が極めて平易な言葉で、ほぼある一つの感情(状態)にまつわるやり取りを延々とし続ける。そのことで観ている我々はいつしかじわじわと、常軌を逸した純化した世界に連れていかれるのである。それは合田氏言うところの「イリュージョン(立川談志)」―私にとってそれはミニマルミュージックにおける反復の果ての高揚に似たものだった―の到来を予感させる通し稽古であり、「現代社会を切り取ったようなリアリティ溢れる人間関係の機微」は確かにありつつも、それを超えて、このカンパニーの作品がこれまでにない新しい領域に踏み込もうとしていることをも感じさせる。これから本格的に始まる立ち稽古を経て、俳優の体を通してアイホールの舞台上で、果たしてどのようなイリュージョンが現出するのか…皆様、ご期待ください。

 

(2022年5月 京都にて) 

 

文:三田村啓示(break a leg選考委員・舞台俳優)


☆公演情報

次世代応援企画break a leg

努力クラブ 第15回公演『誰かが想うよりも私は』
作・演出|合田団地
2022年6月4日(土)・5日(日)
公演詳細

次世代応援企画break a leg共通ページ
※関連企画「試作と努力、舞台美術」についての詳細あり。