アイホール・アーカイブス

よくある質問

折込情報

Twitter

ごまのはえ(ニットキャップシアター)×田辺剛(下鴨車窓)インタビュー

goma-tanabe-l

アイホールでは提携公演として、7月8日(金)~11日(月)にニットキャップシアター第37回公演『ねむり姫』を、8月6日(土)~7日(日)に下鴨車窓#14『旅行者』を上演します。今回はアイホールディレクター・岩崎正裕がごまのはえさん(ニットキャップシアター)と田辺剛さん(下鴨車窓)にお話を伺いました。

 

DSC_7961
ごまのはえ(ニットキャップシアター)

■ニットキャップシアター『ねむり姫』について

岩崎:澁澤龍彦を原作に、脚本はごまのはえさんが書かれているということですが、どんなタッチの作品になりそうですか。

ごまのはえ(以下、ごま):僕の中では澁澤さんのエッセイを読んで以来「男らしいオタク」というイメージがあります。宮崎勤が起こした東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件などが小学生の頃にあったことから、オタクに対して「モテない」「かっこ悪い」という印象がありましたが、澁澤さんは『少女コレクション序説』(1985年)を発表するなど、危ないこと、気持ち悪いことをマニアックに探求されていて、自分の世界に閉じこもっているけどすごくミステリアスで素敵な男性だなと思いました。今回は僕が感じる「澁澤さん的なかっこよさ」が出る、エンターテインメントな舞台にできたらいいなと思っています。

岩崎:『ねむり姫』はエッセイですか?

DSC_8036
ニットキャップシアター『ねむり姫』稽古場にて/京都芸術センター

ごま:エッセイの延長線上で小説を執筆されているので、ジャンル分けが難しいところなんですが、小説という体裁を取っています。平安末期から鎌倉時代が舞台で、突然眠りに落ち、ひたすら目覚めない女の子を中心に、騒ぎが繰り広げられるというお話です。

この小説は、藤原定家の日記などにも出てくる“天竺冠者”の話を題材に描かれています。壇ノ浦の戦いで安徳天皇が関門海峡で入水自殺をし、三種の神器である草薙剣も海の中に落ちてしまったと言われているですが、その頃に瀬戸内周辺で「私が安徳天皇と繋がりのある者だ」とか「これが草薙剣だ」と言い立てる怪しい輩が大量に現れたらしく、その代表格が天竺冠者なんです。そういういかがわしいペテン師が物語の主役として、ねむり姫と対応する形で登場します。

岩崎:舞台は平安絵巻的に進行するんでしょうか。                                      

ごま:時代劇なのに平気で「プラスチック」という言葉が使われたり、融通無碍な世界観なので、平安時代にいそうな十二単のお姫さまとか、そういうものはまったく出てこないです。

岩崎:原作に忠実な世界観に、ごまさんのテイストが加わるというわけですね。

ごま:今まで原作ものを舞台化するときは、作品のプロットを解体することもあったんですが、今回はそんなに崩していないので、より忠実なものになっていると思います。

 

■下鴨車窓『旅行者』について

DSC_7976
田辺剛(下鴨車窓)

岩崎:第14回OMS戯曲賞佳作受賞作の再演になるんですね。

田辺剛(以下、田辺):ちょうど十年前、2006年に京都芸術センターのフリースペースで初演し、2008年に精華小劇場で再演、そして今年アイホールで再々演を行うことになりました。

岩崎: 2009年に上演された『人魚』にしてもそうですけど、非常に無国籍・多国籍の匂いがするという印象があります。

田辺:『旅行者』は、テキストの書き出しも「現代の日本からは時も場所も遠く離れた世界」というト書きから始まっていますし、まさに「無国籍」な世界ですね。登場人物にも名前がなく、どこの国の人たちかわからない設定にしています。最近書いている新作は、日本人名の登場人物が出てくるなど、少し日常の世界観に戻ってきているんですが、本作は、寓意的な作品を書いていた時代のど真ん中に執筆しました。

 住んでいた町を追放された異邦人の三姉妹たちが、故郷を目指して旅をする話なのですが、彼女たちは叔父の援助を受けなければ帰り着くことができないため、父親の遺言を頼り、叔父が住むというある村に辿り着きます。ところが、教えられた住所に行くとまったく違う人が住んでいた。そこから物語が始まります。

岩崎:初演では、権力者が出てきたような記憶があります。

shimogamo2
下鴨車窓#2『旅行者』(2006年  京都芸術センター/撮影=平野愛)

田辺:三姉妹が叔父を探し直そうとしているところに、「私も姉妹の一人だ」と名乗る女性が一人、また一人と現れ、「後から来た二人の女性は姉妹なのか?」という話になります。そこに岩崎さんのおっしゃった“権力者”、つまり叔父の代理人である弁護士が現れ「援助をするのは三人だと聞いている。だから、五人のうち誰が本物なのか決めろ」と言うんですね。後から来た二人は写真や手紙など物証があるのですが、最初に来た三人にはそれがなく、お互いが家族であったという記憶しかない。しかし、記憶は長い旅の中で曖昧になっており、食い違いもある。最初に来た三人こそが姉妹だったはずなのに、最終的には物証を持った二人が姉妹であることが確実になっていく…そういうお話です。

岩崎:不条理なところもあり、ミステリーの構造も含まれていますね。物語はどこから着想されたのでしょう?

田辺さん2田辺:韓国の南方にあるキョンジュという町に、戦前・戦中に朝鮮人男性と結婚した日本人の女性たち、いわゆる“日本人妻”と呼ばれる人たちが住む「ナザレ園」という特殊な老人ホームがあり、そこに住むおばあさんたちと話したことが、創作のひとつのきっかけになりました。

 昔は、日本人の女性が朝鮮人男性と結婚するのはすごくハードルが高くて、日本の家族から縁を切られたり、駆け落ち同然で家を出たこともあったそうです。また、朝鮮では「侵略国の嫁」と扱われて苦労されたり、朝鮮戦争で旦那を亡くした人もいました。彼女たちの中にはいつか日本に帰りたいという人もいるんですが、国籍が変わっていたり、親族がいなかったり、経済的な問題などもあって帰るに帰れない。施設自体も入居者が徐々に減り、いずれは無くなってしまう場所なのだと思います。韓国にも日本にも故郷を失い、それでも生き抜いてきた彼女たちのことを記憶に留めたいという思いがあり「故郷を目指して旅をする物語」に置き換えて執筆しました。“旅”は、僕の作品のモチーフのひとつで、そこと結びついたという感じですね。

岩崎:物語の設定を聞いた時、敗戦とともに引き揚げてきた日本人の歴史、あるいはヨーロッパの難民受け入れ問題など、いろんなことが重なって見えてくるように感じました。

田辺:あらためて読み直すと十年前に書いたのにそんなに古びてないなという感覚があります。ヘイトスピーチなどもそうですが、異邦人を排除する感覚や彼らがどこに行けばいいのかという問題は、初演当時よりも今の時代のほうがはっきりと目に見える形で周りにあると思います。そういった意味で、また違う切り口から作品を見てもらえますし、創る側としても新鮮な気持ちで取り組めそうだと思い、再演を決めました。

岩崎:メタファーで書かれている部分があるから古びてしまうことがないね。僕は最近二年前に書いた作品を再演したんですが、戯曲を大幅改訂しました。日本社会を題材にしていると、上演する時代によってたくさん齟齬が起こるけれども、そういうことがない作品というのは、演劇として普遍性があっていいのかもしれませんね。

 

■現代日本を描かない理由

岩崎:おふたりは現代DSC_8003の日本を写実的に描くスタイルを取られていませんが、そこに何か演劇的な鉱脈があるんでしょうか?

田辺:僕は、90年代、現代口語演劇が広がって主流となり始めた頃に「その手法だけが演劇じゃないだろう」という天邪鬼な発想から、違うアプローチを模索するようになり、時代と場所を現代日本から外すという設定で作品を書き始めました。寓意的なものを強く、台詞も説明過剰な感じに取られかねない文体にして、どこまでやれるか試そうというのはありましたね。

ごま:僕は単純に、今の時代を描くこと自体にここ数年興味がなくなっています。現代美術展に行くぐらいだったら、博物館へ行って昔の土偶を見ているほうが楽しいっていうのはありますね。

岩崎:古い物のほうが、想像が喚起されるということなのかな。僕はある地域で縄文博物館を案内されたことがあるんだけど、稲作が始まった弥生時代以降「富が集約され、権力者がそれを分配する」という構造は現代と同じなんだよね。一方、縄文時代は集落ごとに固まっている「母系社会」だと言われている。ゴッドマザーがいて、みんなが捕った獲物は別の集落や弱者にも分けられる。そういう社会って理想的だなぁと思って。現代人が失ったロマンみたいなものが縄文時代にはあると思うんだよね。

ごま:それはわかります。古代にはきっと、現代社会にあるようなストレスはなかったんじゃないですかね。

それと僕自身が今の日本社会とどう付き合っていくか悩んでいます。それは自分にとって、演劇の「社会性」とはどういうことか、「同時代性」とは何か、という問題にも繋がっていて、今の僕はそこが大きく揺らいでいるんだと思います。

 

■京都で培われた演劇

名称未設定 3

田辺:京都には鈴江俊郎さんや土田英生さんがいて、それぞれの方法論が確立されたのを僕たちは見てきたから、「別の方向で芝居を極めなければいけないな」というのがありましたね。そういえば、以前ごま君が出演していたマレビトの会『PARK CITY』に、僕も演出助手として関わっていたんですが、当時、松田正隆さんがすごく尖った、実験的なことをされていて、当時「こういう現場を見て、次に僕たちが何をやるかだよね」と二人で話した覚えがあります。

ごま:松田さんと関わったことで、これまでの「演劇」そのものを疑うということを僕たちはやってきたわけじゃないですか。それによって僕も田辺さんも刺激を受けたけど、回り道もしたし…。マレビトの会でやっていたことは強烈だったけど、追いつけないという感じはありましたね。

田辺:「追随を許さない」とは、まさにああいうことを言うんだなって思った(笑)。けど、振り返ってみると、鈴江さん、土田さん、松田さんのいる時代を見られたことで、自分たちが中途半端な物真似をせずに済んだというところはあります。僕たちのやっていることは、先輩たちや周りの表現と無関係に成り立っているわけではないんでしょうね。

岩崎:鈴江さんや土田さんも、80年代のポップな演劇に反する形で、会話劇を選択したわけでしょ。それに対して田辺君やごま君、それぞれのスタイルがある。そう考えると演劇ってつくづくカウンターだと思うなぁ。「同じことをやっても新しいものはできない」というところで方向を探して、この二つの作品は行き着いたんだね。

 

■京都の劇団が見たアイホール

岩崎:京都の演劇人からアイホールってどう見えているんだろう? 伊丹って遠いから、京都の学生や仲間が足を運ばなくて、若手の劇団はなかなか動員を伸ばせない傾向があるらしいんだけど。

ごま:演出家だったら、一回はあの空間で公演を経験しておかないといけないと思います。あごうさとしさんがアトリエ劇研のディレクターに就任した時「<オルタナティブ・スペース>での上演が盛んな昨今、<ブラックボックス>という劇場形式をあらためて考えていかなくてはならない」といったことを挨拶で書かれていて、「そうか、最近はカフェ公演が増えて、劇場空間で演出をしたことがない人もいるんだな」と思いました。同じブラックボックスでも、アイホールはアトリエ劇研やウイングフィールドとはまた違う空間ですよね。

田辺:高さがあって客DSC_7988席が近い「あの空間で作品を創りたい」という欲は周期的にやってきますね。あの劇場じゃないとできない作品がやっぱりあるんです。

岩崎:ニットキャップシアターは、今回、アイホールだけでの公演だよね。劇団史上最多人数の出演者33人というのは、空間的な野心で挑んでいるのかな?

ごま:それはありますね。劇場の空間を活かして、スペクタクルなことができないか、稽古で模索中です。

田辺:ちなみに出演者は9人ですけど、劇団史上最多です!

岩崎:そうなの(笑)。でも、出演者が33人と9人だと空間に対する感覚がまったく違ってきますよね。演出ではどんなことを考えているんですか。

田辺:これまでの上演はフラットな舞台だったのですが、今回は空間の高さを活かしたものにできないか、美術家と相談しています。あと本作では音響効果が一切ありません。アトリエ劇研やウイングフィールドとは違う“広い空間の中にある無音”が上手く創り出せたらいいなと思っています。

ごま:僕は、間口を広く使いたいと思っています。

岩崎:若い劇団には「アイホールで上演するからといって、間口と奥行きを大きく取る必要はないよ」と言うんだよね。よくそれで失敗するから。けど、今回は大人数だから敢えて間口を広く取るということなんだね。そういった空間だと、どこに焦点を持っていくか、意識的に演出せざるを得なくなるものだけど…。

ごま:焦点はあまり絞っていないですね。構図を決めているわけでもない。僕はそういうのが苦手なんだと思います。

  公演を観に来てくださった維新派の松本雄吉さんからも、毎回「(焦点を)もっと絞れ、もっと絞れ」と言われていました。けどある時、松本さんが「五十年かけて削いで削いで、削いでやってきたけど、その“削いできたもの”の中に宝物があったんちゃうんかなぁ」とおっしゃってたこともあって・・・。敢えて削がないよう、削がないようにしています。

 

■最後に

岩崎:京都で創ったおふたりの挑戦的な作品をアイホールへ持ってくることで、大阪や兵庫の人にも広く観ていただくことができますし、関西演劇全体への刺激にもなりそうですね。

田辺:以前、下鴨車窓とニットキャップシアターが名古屋のフェスティバルに出演した時に、演劇評論家の安住恭子さんが、僕たちを比較しながら批評を書いてくださったんです。「ニットキャップシアターは色彩豊かな絵ならば、下鴨車窓は水墨画だ」と。その例えが、僕はすごく好きで心に残っています。奇しくも、同時期に京都からこの二つの劇団が行くということで、大阪や兵庫とはまた色合いの違う舞台を合わせてご覧いただければと思います。

ごま:見どころがいっぱいの楽しいお芝居になっています! ぜひお越しください。

DSC_8013


 

【提携公演】
ニットキャップシアター第37回公演『ねむり姫』
作・演出/ごまのはえ
平成28年
7月8日(金)19:00
7月9日(土)13:00/18:00
7月10日(日)13:00/18:00
7月11日(月)14:00
詳細はコチラ

【提携公演】
下鴨車窓#14『旅行者』
作・演出/田辺剛
8月6日(土)14:00/19:00
8月7日(日)14:00
詳細はコチラ