アイホール・アーカイブス

地域公共劇場連携事業「りすん 2025 edition 」リ・クリエイションツアー
関係者インタビュー

 

アイホールでは今夏、主催事業として、地域公共劇場連携事業「りすん 2025 edition 」リ・クリエイションツアーを上演します。芥川賞作家・諏訪哲史の原作を元に天野天街の脚色・演出によって2010年に初演され、2023年に再演された本作。今回、演出家の小熊ヒデジさんと、出演者の宮璃アリさん(少年王者舘)にお話を伺いました。


■2010年の初演から、2023・2025年再演への道のり

小熊ヒデジ(以下、小熊)『りすん』という作品は2010年に名古屋の七ツ寺共同スタジオのプロデュースで上演されました。僕は観客として観たのですが、完成度の高い作品で、これはきっと再演という形になるんじゃないかと思っていましたが、13年後に再演をするという運びになりました。再演の際、僕は制作という形で関わり、三重、名古屋、高知と3都市ツアーを行いました。 
 原作自体はだいたい6人くらいしか出てこなくて、再演では、主役の朝子と隆志とそのおばあちゃんという3人の登場人物に絞って上演されました。おばあちゃんは宮璃アリに決まりましたが、主役の2人はオーディションを実施して選びました。再演も初演に負けない高い評価をいただきまして、すぐに再々演が望まれ、2025年に行うことで話が進んでいました。
 ところが2023年頃から患っていた天野が昨年7月7日の七夕の日に逝去したため、2025年の公演は中止にしようかという話も出たんです。でも、僕はやるべきだと主張しました。それは天野が再演をとても強く希望していたということ、今回の座組に俳優・スタッフともに力のあるメンバーが集まったこと、また、作品自体は完成されているので、僕と天野の30年余りの付き合いの中で理解している部分を用いて作品のブラッシュアップは不可能ではないということ。それらを座組に伝え全員から了解を得て、企画を進めることになりました。
 天野はやっぱり唯一無二の世界観を持っている演出家だと思います。天野とは長く作品作りをともにしてきましたので、天野が何を思っていたのかということを常に気持ちの中に置きながら稽古を進めていき、公演を成功させたいと思っています。

 

■『りすん』原作者・諏訪哲史と天野天街
宮璃アリ(以下、宮璃)主役の隆志と朝子は兄妹同然ですけど血の繋がりがなく、隆志の父と朝子の母の連れ子同士なんです。私が演じているのは隆志の祖母です。朝子にとっては祖父の姉にあたります。原作の諏訪さんは別に天野にやって欲しいと思って書いたわけじゃないのに「天野さんが書いた小説なんじゃないの?」と最初に思ったほど、彼の演劇にピッタリでした。天野は原作があるものはかなり手を加える方ですが、『りすん』はほとんど書き換えていません。

小熊:舞台となる病室は大部屋で、同室の女性患者が兄妹の会話を盗み聞いて、そのやりとりをメモしている。それを彼らが見つけて読んでしまう。それで、今の自分たちがメモに書かれていることなのか、はたまた読んでいる自分たちなのか、もうどこにいる二人なのかが、わからなくなっていくんです。このように元あったものが歪んでいく感じが、天野の演劇と似ていると思います。天野天街の多くの作品は、躍動的でアクティブで、動きがとても多いのが一つの魅力にはなっていますが、この作品は、むしろ逆です。動きは極力抑えられていて、むしろ動きが生まれない。それは原作の諏訪哲史さんの小説の魅力でもあるのですが、天野の演出ととても相性がよく相乗効果が生まれました。二人におそらく共通しているのは、諏訪さんは小説自体を、天野は演劇自体を疑っているところです。フィクションと現実の狭間みたいなものを考え続けています。また、天野はよく本作を“覗き見”をするように観てほしいと言っていました。膨大な量の会話劇ですけど、そういった“覗き見”する感覚を感じてもらえると嬉しいなと思います。

 

■目指している演出プラン
小熊:僕は天野と一緒に1998年からKUDAN Projectというユニットを組んでいました。アイホールでは『くだんの件』(2016年)、『真夜中の弥次さん喜多さん』(2018年)という作品を上演しました。どちらも二人芝居です。この2作品は、初演以降、『りすん』と同様に何度も何度も繰り返し上演していて、とても完成度の高い作品です。天野はそれゆえ、再演の際にも特に演出を変える必要はないと常々言っていました。でも、実際に再演の稽古が始まったら前と全く同じにはなりません。例えば2~3年後の再演となると、作品へのアプローチが少し変わってきます。それは天野のリクエストというよりは、役者がクリエイションしている作業でした。もちろん天野はそれを認めてくれるし、それが彼との創作のとても良いところだと思います。
 また、戯曲の中には、いろんな仕掛けがありますが、それをより効果的に表現するための共通認識を、稽古の中で改めてシェアできればと思います。例えば、ここで出てきたこの言葉は、1時間後のこのシーンのこのセリフにかかっている、といったことの仕掛けや深みを再確認すること等です。
 また、天野の演出は、照明や音響、映像など全てのスタッフワークが本当に精密で、ものすごい数のきっかけをこなしていかなければいけないので、より強度や密度を上げていければと思います。この作品の力自体をもっと深く、強くしていきたいですし、おのずと変わる部分を大切に、天野の精神を引き継いでいきたいです。

 

■『りすん』再演に向けての思い
宮璃去年、天野が亡くなった翌日の7月8日に小屋入りした少年王者舘の『それいゆ』公演は、天野が闘病中で稽古に1回しか来れなかった中、劇団員みんなで分担して作りました。みんな役者もしているから客席側から舞台全体を見る人が誰もいなくて、いろんなことを劇団員同士で考えて作り上げました。この時感じた焦燥感から、次の『りすん』のクオリティをどこまで高めていけるのか、不安に感じたんです。
 でも、考えてみれば2023年の『りすん』のときも天野は闘病中で、お芝居のところは全部小熊さんが見てくれて、いろいろとアドバイスをしてもらったので、小熊さんが演出してくれるのなら大丈夫だと思えました。天野は、演出手法については言いますが、演技のことはあまり言わないんですよね。だから今回は、2023年の天野版をより濃くできる2025年版になるのかなと思っています。

小熊:天野は、役者の気持ちとかはとりあえず脇に置いておくんです。例えば台詞であれば、語尾がちょっと上がったりしただけで駄目と言われますが、じゃあなぜ語尾を上げてはいけないのかということを詳しくは説明してくれません。彼が指示することの多くは物理的なことです。例えばこの公演のチラシも「コラージュ」で、全然関係ないものを組み合わせて一つの世界観を作り出しています。このような作業をおそらく舞台上でも同じようにやっていたのだと思います。役者、明かり、音、美術、映像、衣装、小道具などをパーツとして全部同等に扱い、全てを解体してみて組み合わせる。そうすると、イメージの連鎖みたいなものが起こって、通常の思考回路では、たどり着けない場所に行ったりするんですね。全部が合わさって一つの生命体みたいな印象を持つ。それが天野の作品の醍醐味だと思います。
 「少年王者舘の芝居はよくわからないけどスゴイ!」という言われ方をしますがそれが魅力です。もちろん天野の頭の中では全部筋が通っていて、私たちはそれをどう表現できるかというのを常に意識して漏らさないようにしたいです。


■天野天街作品の継承について

天野天街

小熊:これまで一緒に作ってきた作品があるなかで、天野が亡くなったからやらない、あるいはやれないというところには、簡単には着地できませんでした。だから今回も再演したいと思いましたし、『真夜中の弥次さん喜多さん』なども、いつか再演できたらと考えています。なぜかというと、実際に僕がその現場にいて、天野と一緒に作ってきたからです。今まで彼と作ってきたものをまたやることは不可能ではないと思うし、あるいは、このスタイルが次の世代の演劇人を何らかの形でインスパイアし、バトンを渡す役みたいに繋いで行くことができればと思います。劇団唐組さんはそのような形でずっと唐十郎さんの作品を上演しているし、僕はそれはとても良いなと感じています。新たな若い世代たちにも天野作品を観劇してもらい、刺激を受けて、天野天街が新しい形として続いていけばいいと思います。

宮璃:劇団としては、続けていくかについては、白とか黒とかつけずにいる状況です。私個人としては少年王者舘はもう二度とできないだろうと思っていました。過去の作品を再演するにしても、その時の天野さんの演出を受けていない人たちができるのかという不安な気持ちにしかなれなくて。中途半端なものを見てもらいたくないんですよね。ただ解散はしていませんし、やる気のある劇団員が、熱量高くいろいろと頑張ろうとしているのは応援したいと思っています。


小熊:僕は少年王者舘のいちファンとして劇団公演をまた観たいですね。去年、『それいゆ』を京都で見ましたが、出演者の半分以上が新人劇団員でした。天野が稽古にほぼ来ていない状態で作り上げた作品ですが、素晴らしかったですね。だから、劇団員としては思いがいろいろあるだろうし、それはそれで尊重しないといけないとは思うけど、映像が残っているような、足がかりがある作品であれば、再演してみて欲しいなと個人的には思います。

 

■アイホール最後の招聘事業について
小熊
とても感慨深いですね。KUDAN Projectや他のカンパニー公演でもお世話になっていますので。いろんな事情があるんでしょうが、何回もお世話になっているところ、あるいは観客としても何度も足を運んでいる場所ですから「最後か…」というふうに思うし、本当に言葉にはできないんですけど。

宮璃:アイホールが大好きだから嬉しいです。公演しないまま終わらなくてよかったなと思います。関西の拠点はアイホールと思っていたので。

小熊:やっぱりアイホールだから、全国から劇団が来たんじゃないでしょうか。次世代育成事業なんかもよかったですよね。僕は北村想さんとも関わっていますが、アイホールで伊丹想流私塾をされていて、そこからたくさんの演劇人が巣立っていったのは素晴らしいことだと思います。だからこそ閉館は残念です。公演だけではなく、文化芸術全般に気を配られて、着実にいい仕事をされているという印象でした。

 

(令和7年5月 大阪市内にて)


【公演情報】
地域公共劇場連携事業

「りすん 2025 edition 」リ・クリエイションツアー
原作/諏訪哲史(『りすん』講談社文庫刊)
脚色/天野天街
演出/小熊ヒデジ+天野天街
2025年
8月2日(土)14:00/18:30
8月3日(日)14:00
公演詳細