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青年団『眠れない夜なんてない』 平田オリザインタビュー

AI・HALL共催公演として2021年2月5日(金)~8日(月)に、青年団『眠れない夜なんてない』を上演します。
青年団主宰であり、作・演出の平田オリザさんに、作品のことや昨年の豊岡演劇祭、今春開学予定の「芸術文化観光専門職大学」、コロナ禍での演劇活動についてなどいろいろとお話いただきました。

 

■創作のきっかけ
 2003年に国際交流基金の仕事でマレーシアの大学に教えに行ったときに、とある保養地の一角に、日本の定年移住者だけが集まる村があると大使館の方から聞いたことがきっかけで書いたものです。そこは車も入れないようなところなので、居住者が亡くなると大使館員が棺を担いだりしなきゃいけなくて大変なんだ、という話を聞いて、「これは絶対、芝居の舞台になる」と思いました。
 今、定年移住というのが普通にあり、その理由も様々ですが、でも本当に日本で幸せだったら移住しないだろう、というところはありますよね。特にバンコクでは年金生活でカツカツだけど、日本で暮らすよりはマシ、という日本人のお年寄りがたくさんいらっしゃる。でもそれはただ単に経済のことだけではなく、おそらく一人一人がいろんな事情を抱えています。それから色々なことを調べ始めて、5年をかけて書き上げて、2008年に初演をしました。

■再演について

『眠れない夜なんてない』(2020年再演)©igaki photo studio

 初演も大変好評でしたが、その2年後にパク・クニョンさんという韓国を代表する演出家の方が、韓国で上演してくださり、これが大韓民国演劇大賞作品賞という韓国最高峰の演劇賞を受賞しました。その時の劇評に「韓国にはまだ平田オリザがいない」というのがあり、「現代社会の問題をリアルに描く作家がまだ韓国には足りないんじゃないか」という、非常にありがたい評価を得た作品です。初演から2年後には翻訳上演されて、海外で賞を取るというグローバルな時代の先駆けになった作品と思っています。
 初演時は、昨年亡くなった志賀廣太郎はじめ、いろんなメンバーが出ていて、実年齢でリアルなお芝居が作れましたが、今回それでは整合性がとれない部分がでてきました。本作は戦後史を描いた作品で、登場人物それぞれが戦後抱えてきたものがあって移住してきているという設定でしたが、今だと無理があるので、思い切って時代を少し前にして「昭和の最後の日々」という設定にしました。「日本では大変なことになっているんだけど、マレーシアでは人々がのんびり暮らしている。でも、それぞれ昭和に対する思い入れがある」という構造にして、戯曲を改稿しました。
 マレーシアは日本軍が開戦と同時に上陸して、シンガポールに進軍していく通り道になっていたわけですね。その部分と作品を重ねるというのはもともとありましたが、それを更に昭和の最後に重ねることで、天皇との距離の問題が明確になったと思っています。敗戦時、うちの父は16歳ですから、本当に軍国少年で絶対二十歳まで生きると思っていなかった。あと1、2年早く生まれていたら特攻隊に行っていた世代です。なので、登場人物も年齢によってそれぞれ少しずつ戦争への思いが違います。そういうところは新しい設定にしたことによって明確にできたと思っています。
 昭和の終わり、演劇界において「自粛」というのが戦後初めて起こりました。当時はまだ冷戦時代でしたから、どちらかといえばイデオロギーと表現の自由の問題として扱われていましたが、そのあとの阪神淡路と東日本の大震災、そしてコロナ、と「災害における芸術活動/自粛」という問題を常に私たち舞台芸術の人間は問われるようになりました。特に今回のコロナのことに関しては、非常に大きな打撃も受けましたし、自粛もせざるを得なかった状況もあったということで、本当に偶然ですがタイムリーな上演になりました。

■豊岡演劇祭について

『眠れない夜なんてない』(2020年再演)©igaki photo studio

 この作品は昨年の9月に豊岡演劇祭で上演して、そこでも非常に好評でした。昨年の豊岡演劇祭はコロナの厳しい状況の中で全て客席を半分にしましたが、関連企画まで合わせるとのべ5,000人近い観客の皆さんに訪れていただき、9月一か月で考えると豊岡市の宿泊を大体10%ぐらい押し上げております。観光業界も昨年は非常に大変だったので感謝されましたし、より期待が高まりました。彼らは瀬戸内国際芸術祭や別府の「混浴温泉世界」のことを勉強はしていても、演劇を見に来るためだけに本当に全国から人がやって来るということは想定外で、今回目の当たりにしたわけです。でも何より豊岡演劇祭をやってよかったのは、表現の場を守れたということですよね。そこが一番大きかったと考えています。
 豊岡演劇祭に来た若手の演劇人は「豊岡は天国だ」という感じでした。特に東京はプレッシャーがすごくて、みんな神経がまいってます。4、5月は公民館とかが全部閉まってしまい、稽古もできない状態になり、オンラインで稽古していました。9月の時点で「豊岡演劇祭が今年初めての舞台」とか、「こんなにのびのびできるのは本当にありがたい」とか、「警戒されると思っていたけど、豊岡の人たちが温かく迎えてくれたのが嬉しかった」という声も聞かれました。たまたまですがマレーシアと豊岡はちょっと似ているな、と思いました。そういう意味では幸先の良いスタートが切れたかなと思っております。

 豊岡自体は感染者がほぼゼロで、市中感染の可能性がないので、私たちは非常にのんびりとしています。今も豊岡市と文化庁の事業で、豊岡市内の小中学校・保育園を回って子供向けの新作の上演を続けています。僕は「文化のバックアップ機能」と呼んできましたが、東京がダメだからといって全国で自粛をするのではなくて、市中感染の可能性が極めて低いところでは、再開したり継続したりするということが大事だと思っています。
 欧米のように各県各州にオーケストラと劇団とバレエ団ぐらいがあれば、感染のあまり広まってない地域ではそこで回せます。実際に今、但馬ではうちの劇団がずっと上演を続けています。ちゃんと分散してればできるわけです。それは文化の東京一極集中のツケが回ってきたってことだと思いますね。
 江原・豊岡で上演していると地元のみなさんは「下駄履きで来られるのがありがたい」と言います。地域に劇場があることが価値を持つ時代になるんじゃないでしょうか。劇場というのは都心にわざわざ行って見るものではないです。フランスだと、人口15~20万人くらいの地方都市にも国立・県立の劇場があります。また、フランスでは比喩として「小学校の先生や図書館の職員ぐらいのインテリジェンスを持っている人たちは、月に1回はコンサートか演劇を見に行く」といわれます。そのぐらいになってくると、人口15万人の町でも十分に劇場の経営ができます。豊岡が8万人、但馬が16万人ですから、そうなっていくといいなと考えています。そして、そういう町が日本中で出来てくると、コロナのようなことが起こっても、一斉に何かが止まってしまうことがなくなるんじゃないかなと思います。

■芸術文化観光専門職大学について
 この大学はパフォーミングアーツと観光が学べるというところが新しいところです。この二つの業界は今回最も打撃を受けましたが、卒業生を出すのが4年後なので、その復興を担うような人材育成したい、というのが一つ新しくできたミッションだと思っています。
 今はコロナで止まっていますが、この7、8年でインバウンドがものすごく増えていて、これはもちろん観光業界の努力もありますが、大きな外的要因としては円安と東アジアの経済成長です。中国と東南アジアに10億人近い中間層が生まれ、この人たちが初めての海外旅行先に安心・安全でおいしい日本を選んでくれました。でも、次もう1回来てもらうためには、当然コンテンツが必要になってきます。それは「食」や「スポーツ」、あるいは「芸術文化」であったりする。これ全体を「文化観光」といいます。特にその中でも、私たちは「芸術文化」に特化していこうということで、「芸術文化観光専門職大学」という名前になりました。
 今の高校生は非常に現実的なので、演劇は続けたいけれど就職もちゃんとしたい、あるいは親を安心させたいという思いはありますので、観光も学べるところが魅力的だったようです。例えばイギリスなどはどの大学にも演劇学部がありますが、皆が俳優になれるわけじゃありません。イギリスの場合には演劇学部を出ると、豪華客船や観光関連の職場に就職します。ショーなどに出て、残りは給仕などをします。あとは日本と同じでオーディションを受けまくったりする。今までの日本はそういうことがなかったですが、諸外国では普通のことで、グローバルスタンダードなものだと僕は考えています。
 一方で、観光を学びたい子も結構いて、ただ観光だけだと生徒があまり集まりません。高校生たちには、「この大学ではホテルマン・フロントマンを育成するのではなく、コンシェルジュを育成するんだ」と説明してきました。コンシェルジュは、家族連れが来た時に、その地域の歴史や文化、自然科学などいろんな教養がないと案内できません。また、ニューヨークやロンドンの一流ホテルのコンシェルジュは、電話一本でブロードウェイやウェストエンドなどのチケットを取ってくれる。そのコネクションも必要だし、オススメするためには自分も人気演目は全部見てないといけませんし、それだけの知識や教養が必要なのです。また、「ホテル=宿泊するところ」と思っているかもしれないけど、一流ホテルの収益の半分はパーティーやレセプションでまかなわれています。なので、パーティーの空間デザインや演出が出来たりする方が就職するときに圧倒的に有利なんだ、ということを説明します。そういう人材を育成したいというのが狙いで、それが今のところはマッチしたと思っています。

■コロナ禍における芸術支援について
 ライブエンターテインメントは音楽も入れると1兆円産業に育っていて、この20年で急速に伸びましたから、国会議員たちも「これはまずいな」と今回は考えています。議員さんから「どうすればいいですか?」という電話がたくさん来ました。彼らもどうやって支援していいのかわからないんですよ。経済産業省もリーマンショックの時には製造業・輸出産業が中心だったから、それらの支援には慣れていたけれども、エンターテインメント産業は観光業で、しかもこれは中小零細が多くて、更に膨大な数のフリーランスがいる。これをどうやってモラルハザードなしにバックアップしていくのかというノウハウがまだありません。初めての事態に直面して、ライブエンターテインメント産業がすごく経済を回しているし、成長産業だということも勉強してわかってきたようなので、これが少しでもプラスになればと思っています。

■コロナ禍で苦境に立たされている若い劇団、若い演劇人に対して
 本当にメンタルをやられているような子がたくさんいますし、とにかく先が見えない状況です。青年団は比較的安定して観客が来てくれていますが、東京の演劇ファンでも月に何本もは見られないので、だったら安全なものを観よう、となりすごく観客が減っています。4、5月の時のことがトラウマになって活動できないところもあって、公演を控えちゃうという悪循環になっています。私たちはギリギリまでやってどうしてもやれないときにはやらないというスタンスですが、若手では辞め癖がついてるところもある。あと今の子たちは、私たちのように借金背負ってまでやる、みたいな感覚とかがないです。リスクがあるともうやらないんです。私の立場としてはアゴラやアトリエ春風舎、豊岡演劇祭など、とにかく場を開いておいてあげるということが大事だと考えています。

2021年1月6日 大阪市内にて


青年団第84回公演
『眠れない夜なんてない』
作・演出/平田オリザ

2021年2月
5日(金)19:00
6(土)14:00/18:00
7(日)14:00/18:00
8(月)14:00

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