出席者
司会:アイホールディレクター・岩崎正裕
『小町風伝』 演出:下鴨車窓・田辺剛
『さらば箱舟』演出:ニットキャップシアター・ごまのはえ
『悲惨な戦争』演出:A級MissingLink・土橋淳志


岩崎:今年度は、三ヶ月連続まとまった期間で開催されました第3回現代演劇レトロスペクティヴ。昨年、それぞれテキストを選択するところから始まって、5~6月ぐらいからの企画立ち上げ期間を経ての上演となりました。田辺さんが演出された下鴨車窓の『小町風伝』、ごまのはえさんが演出されたニットキャップシアターの『さらば箱舟』、そして土橋さんの演出されたA級MissingLinkの『悲惨な戦争』。三本の作品を振り返るという意味で、まず田辺さんから伺いたいと思います。

■『小町風伝』について

岩崎:劇場の中のみならず、ホール全体の七つの上演スポットで五人の俳優が全員老婆を演じる。そして、原作では語られなかった老婆の「声」を一部抜粋して、MP3プレイヤーに録音したものを観客に配り、聴くかどうかはそれぞれの判断に任せるというコンセプトで、もともとは沈黙劇として上演された『小町風伝』に新たな切り口で挑戦されました。稽古で練ったものを劇場に持ち込んでみて演出プランが思い通りになったのか、それとも勝手が違ったのか、いかがでしたでしょうか。
田辺:岩崎さんにご覧いただいたというのは伺いましたが、会場ではお会いしてないですよね?
岩崎:会ってるよ。田辺さんは全てを見ようとしていたから見逃したかもしれないけど、何回か僕は出くわしてるんですよ。
田辺:え? 会ってます? すいません(笑) でも、結局、同時多発でやっているから全部は観られなかったですね。
 お客さんが入って初めて作品が出来上がるというのはよく言われることですが、それが身に染みて分かったというか、お客さんに押し広げられた気がします。押し広げられると楽しみもあるけど、ボロもいっぱいあって甘い部分が露呈した形になりました。一つ本番が終わると稽古では全く予想できなかったトラブルの報告が一気に上がってきました。けど、こういう試みでわかったことも結構ありました。
 やはり、「声」が強いんですね。MP3プレイヤーを持ち歩くことに焦点が行くんです。目の前でパフォーマンスをしていても、「声」を聞くとそちらに注意が行ってしまう。だからダメなんだという人もいれば、逆にそれが面白いという人もいて、そこにそれぞれの「演劇とはなんぞや」という価値観が現れるので面白かったです。
 稽古の初めの頃は、プレイヤーを聞かない人が観ても成立するように創って下さいと俳優には言っていたのですが、その過程で聞くことが前提に変わっていった。それぐらい、このプレイヤーからの力は大きい。で、再認識して「声」を聞いた上で、どうパフォーマンスとアンサンブルするかという風に演出プランを変えていきました。
岩崎:僕は聞き逃しがあるんじゃないかと思って、ロビーに戻って、それぞれのパートを聞いてたんですよ。そうしたら同じように外に出て夕暮れの中で聞いてる人もいました。それを見た時にやっぱりこのプレイヤーの力は大きいなと思いましたね。
ごま:最初に田辺さんの演出プランを聞いた時、そんなに窮屈なところにわざわざ行かなくてもいいんじゃないかというのが正直な感想でした。でも本番に伺って実際にそのプレイヤーで聞いているうちにこの上演スタイルにとても可能性を感じました。ただ、すごく生意気なことを言わせてもらうと『小町風伝』じゃなくてはならなかったのか、劇場でやらなければいけなかったのかと考えてしまいました。
岩崎:ごまさんと田辺さんは演劇に対する態度や方向性が違いますからね。MP3プレイヤーも世代によって馴染みが違うのが面白かったですね。お年を召された方は、まずどうやって使うのかっていうところから始まってたし、こういうタイプのプレイヤーはテープの時代の人たちは戸惑っただろうなと思いましたね。
土橋:今回の手法は、極めて現代演劇として正しい方法だと思いました。正しいから、それでいいのかと言われると、それはまたわかりませんが、むしろ、こういうものが今後、「正しい演劇」とされていくのかと思って不安になりました。
岩崎:「こういうもの」って、どういうもの?
土橋:「ポストドラマ演劇」とか。
一同:あー。
土橋:今後、下鴨車窓さんの『小町風伝』のような作品が正しい演劇として捉えられていくのかな、と。
岩崎:でも、試み自体は今に始まったことではなくて、言葉ありきの創作を一旦沈黙させるという、太田省吾さんの切り口だって、当時は随分新しかったわけだしね。
土橋:今またその流れが来てるんじゃないかと思いますね。特に関西は。
岩崎:演劇というカテゴリーをどのように捉えていくかということが、昨今、確かに相当拡大されていて、他のジャンルと境界線を引けないものが多いね。
土橋:『小町風伝』は発しない言葉がどう存在するかというテキストなので、それをプレイヤーで聴くということは価値があることだと思って、僕は好意的に捉えていました。でも、確かに「声」の力は強いし、めちゃくちゃ喋るので、もしも太田さんが観たら何て言ったかなというところは興味ありますね。
岩崎:僕は「展覧会形式」って注文が多いなと思いました。展覧会であるなら、確かに作品に手を触れてはいけないという規定があるし、それは当然かと思うけれども、演劇っていうのは入っちゃいけないところに入りたいわけです。僕は上演中に、女優の広田ゆうみさんのバックヤードに退く後姿を見てしまったんだけど、それが僕にとっての劇的な体験だったりしたんだよね(笑)。
田辺:難しいところなんですけど、「展覧式」であって「展示式」ではないんです。そこが伝わりにくかったかもしれない。美術作品のような展示物を観て回るのではなく、さまざまな場所で上演されているのを巡り歩きながら観るということ。似ているようで、ほとんど違うやり方です。
岩崎:今回の分散したパフォーマンスは、どの時間でも流動的にどこを観てもいい、ということだったじゃないですか。テキストは後半に向かって圧倒的に劇性が増していく感じがするので、どこか最後のポイントだけは場所と時間の制約があると、もう少し終着点がはっきりしたのかなと思いますね。もちろん、それを目論んではなかったと思いますけど。

■『さらば箱舟』について

岩崎:では、ごまさんの作品『さらば箱舟』に移ります。まず、この作品の元々のテキストは寺山修司さんの『百年の孤独』という舞台脚本があって、そこに映画『さらば箱舟』のシナリオと、ガルシア・マルケスの小説『百年の孤独』という三つのテキストを、ごまさんが再構成されたものですね。
 寺山さん自身は小説『百年の孤独』にインスパイアされて、天井桟敷版『百年の孤独』の舞台作品と、映画『さらば箱舟』を創られたという過程があって、今回、ごまさんの作業がどのように進めれたかが気になるところだと思いますが。
ごま:映画『さらば箱舟』がいちばん出回っているので、それとの比較で観られている方が多いと思うんですけど、元にしているのは舞台版『百年の孤独』の方でした。
 原作テキストが膨大で、そこからエピソードを抽出して上演台本を作成したんですが、なぜこの部分をピックアップしたのかという意図がお客さんに伝わらないんじゃないかという不安もありました。例えば、『ハリーポッター』の映画版は、原作を読んだ人しかわからないような編集がされていて、未読の人には意味がわからないシーンがある。そういう形になってしまうんじゃないかと。
岩崎:舞台版の『百年の孤独』は、起承転結の構成になっている作品なのでしょうか?
ごま:そんなことはないですね。
岩崎:じゃあ、『ハリーポッター』にはならないんじゃないですか。
ごま:寺山さんの舞台版は群像劇で、片や映画版では主役二人がすっと立っている物語だったので、全然、性質が違うんです。この二つをどういう風にあわせればいいのか、そこに苦しみましたね。そういうことばっかり半年間考えていて、田辺さんが「演劇とは?」という問いにチャレンジしたとしたら、私は「演劇とは」という根源的な問いについては、ほぼ考えてなかったです。
岩崎:「形」、もしくはその「カテゴリー」をどう越境するかということに挑戦したのだとすれば・・・
ごま:寺山さんもそこに果敢に挑戦されてきた人なので、本来は私がやるようなことを、今回、田辺さんがやっておられるなぁという印象が非常にありました。
岩崎:相当長く稽古期間を設けてたよね。
ごま:10月末から稽古をはじめて、3ヶ月くらいとりましたね。ただ、年末くらいに一度潰れるはずだと思ってて。
岩崎:ゼロに戻してもう一回作ることになるだろうと?
ごま:作品自体が作品を否定するみたいなことになるんじゃないか、やる必要がない作品になるんじゃないかと思っていました。でも、意外とならなかったんですよ。
岩崎:へー。演劇的な仕掛けというか、労力のかかる芝居だなと観ていて思いましたけどね。
田辺:スタッフ泣かせのね(笑)
岩崎:寺山さんの作品って仕掛け一杯になりがちなものを孕んでいる気がするのね。僕は初期短編の『大山デブ子の犯罪』をやったけど、舞台が得意とする様々な仕掛けを用いないと進めない気がしますね。やっぱり、もともと「見世物の復権」を唱えた人だから、人物をカリカチュアするところとかは寺山テイストだよね。途中で、ごまさんが茶化してたけど、あなた自身が演じたアレ、なんだっけ?
ごま:母の役ですね。
岩崎:必ず母が出て来るじゃないですか。母と息子の物語を大仰に振りかぶってパロディにしたうえで、もう一回戻すという荒業だったよね。
ごま:そうですね、あの辺はほとんどリズムですよね。トン、トン、トン、休符みたいな。
岩崎:でも、寺山さんもああいうの、好きじゃない? 作品の中でシリアスか笑いかどっちで見たらいいんだ、と戸惑わせるような、お化け屋敷的な感覚というか、状況そのものを楽しんでらしたのかなと思ったりしました。でも観てて映画のシーンを思い出しましたね。そんな記憶の手繰られ方をしました。土橋さんはいかがでした?
土橋:あまりに面白くて、打ちのめされました。
一同:(笑)
土橋:うちの劇団員に観終わってから呑みに行こうよと誘われたのですが、僕は「帰るわ・・・」って(笑)。「レトロスペクティヴ」はこんなにレベルが高いのかと思って、かなり狼狽して帰りました。まあ、一晩寝て翌朝には「自分のやることをやろう」と切り替えて立ち直ったんですけど。実は寺山さんの舞台や映画はそんなに観ていなくて、僕もG・マルケスの『百年の孤独』が好きなんですが、ほとんど小説とは関係ないですよね? 時計とかも全然出てこないし。
ごま:一応、この人物のモデルはこれかなっていうのはありますよ。それから、寺山さんの他の映画『田園に死す』とかを見ていても、これはマルケスっぽいなぁというのも結構ありました。
岩崎:寺山さんって、短歌を詠んでいる若い頃から本歌取りが巧いとされていて、もともとの作品から自分の作品に変換して詠んだものが多いし盗作疑惑が付きまとった人だからね。他者の作品を借りたうえで作品を提示するということが非常に多い方でしたから。それはそれで創作態度の一環かと思いましたけど。
土橋:マルケスが観たら「こんなの、俺の『百年の孤独』じゃねえ!」って怒ったと思いますけど、全然、別の面白さがあるなと思いました。
ごま:盗作したと言われているような「虚人」の部分と、「実」の地声に近い部分とを分け隔てなく均等に扱わないといけない人なんだろうなと、思ってます。
岩崎:でも、演劇史において突然変異は無くて、「野田秀樹」風とか「唐十郎」風とかこれまでもいっぱいあったわけだし、前の世代のものを変形させた上で次世代があるわけだから、寺山さんの創作行為自体が、そもそもそういうものだったのかなとも思いますけどね。
ごま:とはいえ、何かその、取ってくるときの手つきが「野田秀樹」風とかとは違う気がするんですけど(笑)。
田辺:受け継ぐことと盗むことの差とか考えますよね。
岩崎:役者さんはどうでした? かつて寺山作品をやる人たちっていうのは、必ず「寺山修司リスペクト」から入ってくるんだけど、そこからは完全に解放されているな、という驚きが僕にはあったんだけど。
ごま:そうですね。変な気負いはありませんでしたね。あの時代の芝居と今の芝居を比べる時、どうしても俳優の身体性の違いがあると思うんです。簡単に言ってしまうと、今の俳優はスマートで無臭で、でも狂暴で、みたいな。それとは違う身体性をもってあの時代の芝居は演じられているわけでしょ。この問題に真正面からぶつかる気はありませんでした。そこを回避する演出を試みました。具体的には舞台を穴の中にして客に覗きこむようにしてもらうとか。「身体性」なんて構えた言葉も使わずに、「元気にやろう」とか「猥褻にやろう」とか、噛み砕いた言葉を使いました。あの時代の身体の魅力は、寺山さん尊敬している人ほど捨てるには惜しい魅力だと思います。だからやっぱり観てもらった人たちから「昔の俳優さんとは・・・」っていう意見はありましたけどね。
岩崎:まあ、往年の作品観た人とかは、そういうことをよく言いますよね。
ごま:いや、意外と往年を観てない人が言うんですよ、僕の知る限りでは。辞めてった劇団員とか。
一同:(笑)
岩崎:それって、かつての演劇状況に対する一つの憧れみたいなのがあるんだろうね。ある種のスタイル待望論であったりとか、こういう様式が格好いいということ、イコール、そこの集団性の中で均質化した肉体を作るべきだ論になったりして。それは違うんじゃないかと常々思っているんだけど、「何とかメソッド」っていうのを皆が押し戴いて、それを中心に作品を創るというのではないことを、この『さらば箱舟』でやられているなと思いましたね。まとめようとはしていないのだなと、見た時点で思いましたね。
田辺:僕も寺山さんの知識はほぼゼロだったんですが、観て単純に面白いなと思いましたが、これを見て「寺山修司を観た」ということにはならないだろうと思いました。ニットキャップシアターの作品としてすごい労力が払われていましたしね。寺山さんと向き合うとか対峙するというのではなくて、全部を取り込んで自分のものにする、ごまくんの作品になっていくんだなと思いました。それくらいテキストに対して覆いかぶさっていけるこの力はすごい。でも、これは覆うにも飲み込むにも大変だろうなと思って観てました。
 僕はこういう覆いかぶさるでもなく飲み込むでもなく創ったので、どれがいいか悪いかではないけど、あの場所で出来ることすべてやってやるっていう意気込みも含めて、いろんなアプローチがあって面白いなと思いました。
 あと、僕らは稽古場もニットキャップさんと一緒でして。下が僕らで、上がニットさんだったんですけど、僕たちの方が部屋が広いんです、何故か。3人くらいでやってると、真上ではうちより狭いのに、大人数が叫んだりドシンドシンやってて。こっちは全く喋らないので、この対比も面白いなと。
 演出家が既成のものに向かい合う時の作法や、アプローチがそれぞれ違うことを改めて体感できました。土橋さんのも違うアプローチで面白かったですけどね。

■『悲惨な戦争』について

岩崎:では、『悲惨な戦争』に話を移しましょうか。竹内銃一郎さんの79年の作品で、ごく普通の家庭がわけのわからない戦争状態の中に置かれているという設定です。今回、上演を観た作者から「批評性のある作品」という言葉をもらいましたが、これは『さらば箱舟』や『小町風伝』に比べると、正攻法でのアプローチであったのか、或いは、土橋さんなりの「ここはこうなのだ」というような新しいアプローチが実は隠されていたのか。そのあたりをお聞きしたいのですが。
土橋:いろんなやり方があるかなと思ったんですけど、かなり正攻法だったと思います。まさしく「一点突破、全面展開」でやりました。前半をもうちょっと徹底的にフラットにした方がよかったんじゃないかという反省もありますが、でも、そうするには勿体ないくらいテキストに面白味があると思ったんで、そこが観ている側に実際どうだったのかはわからないですけどね・・・。なんかいきなり反省から入ってますけど。
岩崎:大体、みんなそうだから大丈夫だよ(笑)。作品としてはこの中でいちばん新しい流れの演劇であったはずなんだけどね。79年というと北村想さんが『寿歌(ほぎうた)』を発表した年、いわゆる、怒涛の八〇年代に入る前夜の作品だからね。
土橋:竹内さんの作品を鮮明に覚えている方もいっぱいいらっしゃるので、そういう方から観てどうだったのでしょうか。最初にテキストを選んだ時期から考えると、目論見が変わってしまったということはあるんですけど、僕自身、仙台や福島に行っているのでどうしたってそういう風に読めるし、震災に対する考えに捉われてしまって多少の使命感もありつつだったので、わりと直球な創り方だったと思います。
田辺:中盤から動き始めて引き付けられる感じはあったのですが、最初は無自覚になぞっていくのかなと思ったんです。もしこのまま進んだらどうしようと思って最初はドキドキしてました。それがドンドン動き始めたので面白いなーと思いましたけど。竹内さんが仰ったように、「批評性」というところがしっくりくるかなあ。
土橋:僕は、竹内さんが何をもってして「批評性」といったのかは、難しいところだと思います。
田辺:よく言えば素直に、悪く言えば無邪気にやってみただけでは、あんな風に成立しないと思います。あれだけのことをしようとした時には、作品をどう抉り取ろうかという思考が働いて、それを「批評」と名付けていいんだろうなと思いました。
ごま:僕は観ていて落ち着かなかったです。震災のことを扱うって聞いてたもので、どういう風に仕掛けが来るんだろうと、ずっと待ってしまったという理由もあるんですが。各シーンの細かい一つ一つが成り立ってないように感じたんです。例えば、ミラーボールが出てきてマイクで歌いだすとか、テレビ局が来たからと言ってお化粧を直しに行こうとする奥さんとか、そういう一つ一つが気持ちよくない。ミラーボールが回ったことによって何か壊れてほしいし、逆に何か成立してほしい。テレビ局が来たから化粧しなくちゃということを奥さん役がどうやればいいんだろうとか、様々なことが落ち着かなかったです。
岩崎:テレビ局が入ってきて「お化粧直さなきゃっ」と言って引っ込んでいくことが、今の時代ではもうありえない。テレビって、そういう装置ではなくなっているから。それを役者の自意識なんかで、ねじ伏せて演じなかったということを竹内さんは「批評性」と言ったんじゃないかな。しっくりこないものはしっくりこないままに提示されていると思って僕は見ていたんだよね。前半の流れは、その部分を「笑い」で落とし込まないでいいという決意でやっている感じがしたのでね。今この時代にこの作品を上演するのであれば確かにそうやるしかないという作者の印象が「批評性」という言葉を使わせたのではないか、と思いますけどね。
ごま:例えば岡本夏生くらい自己批判を兼ねた人が登場すれば(笑)、そこまで行って「批評性」なんだなと僕は思いますが。それくらいになって初めて落ち着けたと思います。
岩崎:僕が観た八〇年代の学生演劇での上演では、いかに過剰にやるかがこのテキストで試されていた。だから18、9歳の子がやると大体失敗する。演技的に、自意識を一度はぎ取られたうえで「役」というものがあるとしたら、それをも過剰に見せることなんて一、二年でやれるわけないじゃないですか。「演劇初めてやりました」っていう子がドンドン盛り上がってバタバタ死んでいくんだけど、客席に全然それが届かなかったと記憶している。それに比べると今回は作品の骨格みたいなのは見えたから、そこはよかったと思うけどね。
土橋:過剰さが足りなかったってことですか?
ごま:いや(笑)、僕の好みの問題ですから。
土橋:前半は居心地が悪くなるだろうなという確信はあったんですけど、ごまさんが仰ったように、ここはパフォーマンスするよ、歌ったりするよ、というのがあったので、一個一個の芸が成立すればよかったんですかね。
ごま:でも逆に、岩崎さんは成立させずにやったことで「戯曲の骨格が見えた」と仰ってるんですよね。
岩崎:例えば、大阪で芸達者な役者を集めてプロデュース公演で上演した場合、相当な乱痴気騒ぎになると思うのですよ。でも、そうやって本当にこの作品が立ち上がるかといえば、そうではない気がする。
田辺:スタートダッシュから行こうと思えばいくらでも行ける作品ですよね。ある種の長い伏線じゃないけど、こんな寒いことを、なんで「過剰」ではなく「ほどほど」でやるのか意味が分からなかったけど、それがこの作品の肝心なところなのかなと思いました。
岩崎:僕は“意味”で見つめちゃうんだよね。八〇年代の学生演劇は解釈が流行していたから、竹内さんの作品というのは、解釈を求められてしまう劇だったような気がしますね。シアタートークを聴いていたら、七〇年代は連合赤軍事件やクアラルンプールの事件があって、ということを仰っていたので、明らかにそういう意識をもって書かれていたわけだね。観ながら「白組? 紅組? 犬?」と考えていたけど、それを敢えてナンセンスに仕立てるんだという<時代性>の産物なんだよね。自分の過去の演劇体験とも重ねながら観ていました。
田辺:あと、五反田団の『生きてるものはいないのか』を連想しました。次々に死んでいくのを観て、その違いも面白いなと思いましたけどね。
岩崎:見えない敵でも「敵」が違うわね。人を殺すための社会背景がね。

■リンクするもの、しないもの

岩崎:率直なところ、自分の作品活動とどうリンクしたのか、或いは、しなかったのかというところを話していただけたら。
田辺:「演劇ってなんだろう」って考えるみたいな作品になったんですけど、元の出発点としては割と素朴で、「あの声、どうすんだ」ということから始まって、結果的には実験性の強いものになったんです。で、次からは「演劇ってなんだろう」と大上段に考えることもなく、きれいに元に戻ろうと考えています。これをやったことで何か変わることはないと自覚していて、今までの活動の中では本当に特別な公演なんだと思ってました。一度ここまでやって引き返した作業はこれから滲み出てくるんでしょうし、その時に私自身もこれが「レトロスペクティヴ」の影響だなあと思うんだろうけど、まずは普通の創作に戻るんだろうなとは思ってます。
ごま:私は引き継いでいくだろうなと思っています。『さらば箱舟』を創るときも縄文時代の生活様式を調べに行ったりとか、いろんなところに行くようになったんですね。終わってからも、考古学の研究センターとかに行ってるんですが、ああ、こうすればよかったのかなと、まだボロボロ出てくるんです。『さらば箱舟』に取り組んだことで演劇を観に行く機会が減り、演劇以外を観ることが圧倒的に増えて、現在の演劇の世界の共有した空気みたいなものから離れていっているようなところがあります。いずれ「ロマン派」と呼んでもらえるように頑張っていこうかなぁと思っているんですが。
一同:(笑)
岩崎:じゃあ、面白いタイミングで出会っちゃったってことだよね。
ごま:そうですね、自分のこれまでの活動と離れたことをしたくないという思いがあって、『百年の孤独』を選んだところがあったので。
田辺:僕は全く違うことをやろうと思って選んだので、たぶん元に戻っていくのだと思います。こういう機会じゃないと絶対にやらないだろうなと思って。
土橋:僕も多分、どちらかと言うといつもやってることとは全然違うことをやったので、元には戻ると思うんですけど何か持って帰りたいなとは思いますね。でも、それは次に創ってみないとわからないです。今回初めて自分の劇団で既成台本の演出をやったので、自分の限界というか、出来ることと出来ないことがはっきりしました。もう一度それを見つめ直さなきゃいけないなと思いますね、劇団としても。
岩崎:普段、A級MissingLinkを観ているお客さんは「相当違ったね」って言ってる?
土橋:半々くらいですかね。無理してやってないよね、って言う方もいたんで。
岩崎:演出のプロセスは、皆さんそれぞれの作品の中で自分の手つきで変わらずにやっていると言えると思うんだよね。今回の3作品を交換して演出したら全く違うものになるだろうしね。観客の方からは、それぞれの演出作業からそんなに離れているように見えなかったということは、これを一つの「間(はざま)」として、影響が滲み出てくるのは次の作品以降ではないだろうかと思いますけどね。もっと時間をかけて滲み出てくるもののではないかと。
 今年のレトロスペクティヴはそんな3作が並びました。もともと、この企画は、かつての現代演劇、絶えず生まれては消えていく作品と新しい世代が出会うと、どう有機的に反応するかという、一つの実験性でもって作られたものなので、今回は功罪も含めて、反省の弁も聞きながらというところから始まっちゃいましたけど、観客の皆さんもいろんなサプライズに出会っていただけたのではないかと思います。
 どうも御三方、今回はお疲れ様でした。
一同:お疲れ様でした。

於・アイホール 3月12日